知らないうちによくわからんウイルスにかかったり微弱なアレルギーになったりしている(んだろう)。うっすらノドが乾く日、どんより頭が重い日、これらの異常をぜんぶ鋭敏に拾っていると、私の毎日はいつも体調不良である。一方で、ベースラインとしての重さやきしみをサブトラクトして、「こういうものである」と納得すると、私は常に健康である。絶対値のばらつきを、相対値からなる枠組みに押し込んで健康を定義する。漢方薬が効く人と効かない人がいる、というままならなさの、一部はこういう、「どこからが病気か、の感覚が人それぞれに違う」という前提に回収されるようにも思われる。ところでどうでもいいけどプチ鹿島局員は「一方で」を口語で使うが、「一方で」を口語で使う人というのはモノマネをされる覚悟をしているんだろうなと思う。
私の左目は中学生くらいのころからずっと視力0.3だ。右目は1.2である。これはほぼ変化していない。右目はやや遠視で、左目はやや近視であり、フォーカスを合わせるスピードは両目ともに低下していわゆる老眼の状態である。幸い乱視がないので裸眼で生活ができている(メガネは伊達メガネである)。ちなみに両眼視すると視力は1.5になる。0.3+1.2=1.5。アホな目だなあと思う。かつて左目のほうだけ矯正するメガネを買った。当然そのほうがいいだろうと思った。でもメガネをかけてみると、右目と左目のいずれもがものすごく疲れてしまって、なんだかいやになってすぐかけるのをやめた。私の健康は左目0.3、右目1.2なのだった。なお老眼はしっかりあるのだが多くの人に比べるとそんなに気にならない。なぜかなと思ったのだけれどおそらくナチュラル・ボーン・遠近両用状態だからではないか。べんりな目である。デスクワークを長年するために生まれ持った目なのだろうとうそぶいている。こんないい目を与えてくれるならば、ついでに「何時間デスクにいても平気な腰や大腿」を生まれ持たせてくれればよかったのに、と思うこともある。そこまではうまくいかない。
博多大吉のポッドキャストがおもしろいなと思って最近よく聞いている。ホークスが勝ちまくっている昨今は福岡がうっすらと憎く、福岡方面の息吹が感じられるコンテンツを心の中で全体的に下げているのだが、聞けば博多大吉のうまれは神戸だというではないか。おまけにポッドキャストではルチャ・リブレとかレトロゲームの話が多く、孫正義ばんざいみたいな話は出てこないのであまりストレスがかからない。今後、我々の住む地域ではソフトバンクの契約率が2%を切りました、ドコモがんばれ、au負けるな、みたいな精一杯の抵抗を、全道一丸となってやっていかなければいけない中、博多と名のつくコンテンツに惑溺するなんてのは魂を中洲に売り払ったくらいの恥ではあるのだけれど、まあ、神戸ならいいだろう。だいたいこれくらいの言い訳をして暮らすのがデフォルトで、私の精神は相対的にも絶対的にも健康であることが完全に証明されている。