それで私の心の奥の大事な何かに傷がつくわけでもないのだから

ようやくつながった、まる1日悩んでしまった。スマホの国際ローミングはすぐにできたのに、そこからテザリングしてもPCがインターネットにつながらない。「インターネットなし」。なんだか絶望する文字列だ。いやなものだ。こんなに依存しているのだなーと思う。

ホテルのWi-Fiはある。しかし中国のWi-Fiにつなぐと、Google系のサービスはまるで使えない。GeminiはまだしもGmailが使えなくなるのには閉口する(受信はたまにできるのだが……)。解決策をスマホでぽちぽち探す。スマホならつながるのでこういうことになる。不思議なかんじだ。つながっているのにつながらないのだから。APN(アクセスポイント)の設定をいじる。うまくいかない。どうしたものか。だめもとで、PCとスマホの接続をWi-Fi経由ではなくUSBケーブルにしてみたら、あっさりとテザリングに成功した。えー。こんなことだったのか。やはり有線だ。有線はすべてを解決する。イヤホンも無線は好かない。有線が一番いい。直接つながっていることの安心感に叶うものはない。飛行機もそういう意味ではよくない。大地とつながっていないからだ。

大連の料理はおいしかった。上海から来てくださったコーディネート担当の日本人の方によると、これで一人前3000円くらいとのことで、爆裂な円安であることを考えればさらに安い。まあその程度の歓待しか受けていないということなのかもしれないけれどちゃんとおいしかった。うれしい。特に辛すぎるということもない。味も幅広くて飽きない。ハオチー、ハオツー。むずかしい発音の「おいしい」を連呼するたくさん食べた。酒はあまり飲まないようにした。酒が飲めなくなってきている。

二度目の中国だ。やはり私の肌に合っている。トイレがな。トイレがめんどくさいよな。カギがなかったり、紙がなかったり、紙が流れなかったりする。西洋方式のホテルは安心なのだけれど、病院で一日仕事をするとたいていトイレ問題に悩まされる。けれどそれでも中国はいいところだなと思う。報道だとずいぶんと日中両国の仲の悪さを取り沙汰されるけれど、会う人はやさしい人ばかりだし何より優秀だ。2000床以上ある病院が、中国だと第一級ではないというので驚く。事実上の国民皆保険も整備されつつあるという。内視鏡のレベルは決して高くはない。病理標本のクオリティも低い。それでも症例数が圧倒的で人間たちの頭がよいので日本の医療を上回っているなと思う。AIの練度も高い。スマホを見せてもらったが同時通訳ソフトのスピードも精度もすばらしい。こちらに来てから私はChatGPTもGeminiも開けていない、アクセスポイントが中国国内であることがなにかの表紙につたわって、「中国国内での使用はできません」みたいに制限をかけられるとその後のリカバリが大変だからやめたほうがいいよ、と同行者に教わった。なんだか大丈夫な気もするのだけれど、こういう呪いは一度かかるとなかなか抜けられなくて、私は中国に来てから結局まともにAIに話しかけていない。ひさびさに身一つで動き回っている。

朝飯にうまい中国茶でも飲めないかなと思ったのだが見当たらない。あとでコーディネーターの方に聞いたら「朝はお茶はないですね」という。以前に重慶のホテルに泊まったときはあったのだが、あれが特別だったのだろうか。朝からあったかいお茶を飲むの、すごくよかったんだけどな。

中国にはたくさんの日本人医師がやってきていろいろ仕事をしている。こちらの人に、日本の医師がどういう過ごし方をしていたのかと聞くと、中国人に聞けばみな絶賛ばかりで、そうか、ちゃんと貢献しているのだなとこちらも誇らしくなるのだが、もう少し日本通の人に話を丁寧に聞くと、けっこうひどくて、たとえば世界に有名なある医師はずっと風俗ばかり通っていてろくに仕事をしなかったというし、お金のことばかり考えている人もたくさんいて、なんだか人それぞれ過ぎて少し引いてしまった。ただ、ちゃんと技術の交換をして高め合っている医師もいるのは本当のようだ。これは、なんというか、その人の自力というか地力というか、地の倫理みたいなものの差が出ているな、という感想を持った。



木曜日の午後に若い外科医が私のもとに突然やってきて、来週末の学会の病理写真をよこせという。さすがに時間がなさすぎるから断ろうかと思った。その非礼さを咎めようかとも思った。でも、こういう人間に理を説いて、もっと早くこないからだめだと門前払いをしたところで、そもそも無礼な人間なのだからどれだけ理詰めで言っても通じるわけはない。瞬時に考えて、嫌味を七味みたいに軽く振りかけたあとで、「いいですよ、お待ちください」と答えた。さきほどようやくテザリングできたPCを開くと彼からメールが来ていて、「火曜日までにください」と、無礼の五重塔みたいなメールが届いておりちょっと憤然としてしまった。すかさず返信で「さすがに無理です なめんな」とか書いたのだが、送らずに消す。メールの文面で激怒しつつ、あとはShift + Enterすれば送信できる、というタイミングでShiftに左手の小指をのせたままフーと冷静になってメールを消すタイプのアンガーマネジメントである。

こういう人には理屈を押し付けても無駄だ。何を言っても通じない。「電車の中で痴漢をしている男性を注意したらナイフで腹を刺された」みたいなことが起こる。

全国の病理医たちは、そういうケースをたくさん経験しているからか、「病理写真がほしければ学会の1か月前に所定の書式を書いて出せ」とか、「抄録に必ず名前を入れろ」みたいなルールを厳格化する傾向にある。でも、「倫理がないところにルールを課す」ことの無益さを思う。こういう人間たちは私と違う論理で動いている。矯正はできない。帰国したら彼のために私は病理写真を用意するだろう。その写真を使って彼は、私の名前も入れないままのプレゼンで学会発表をするだろう。それで私にはなにか不都合があるか? 特にないのだ、だって、そんな人間の「共著者になったことがある」なんていう不名誉、ないほうがましだからだ。これに味をしめてこれからも該当科からは、無礼な依頼が今後もくるかもしれない、そのたびに私ははいはいと言って写真を撮って渡すだろう。その部分で私が意趣返しをすることもないだろう。ただ、「そういう人間がいる」と、あと数十年くらいは稼働する予定の私の脳内に、くだらん人間の記憶がひとつ刻印されるほかには、世界に何事も起こらないだろう。それで私の心の奥の大事な何かに傷がつくというわけでもないのだから、いいのだ。