献本は未来永劫お断り

某大学の病理部から職場あてにとどいたお中元がお菓子だった。部門のみんなでちょっとずつ分けてバリバリ食っている。お中元という文化はすばらしい。家庭と家庭、個人と個人でこれをやれと言われてもめんどうだが、職場同士がお菓子を送り合うなら、予算的にもかわいい。職場で各人の割当分のお菓子をデスクに配り、ひと仕事終えた朝7時30分に包みを開けて中身を口にほうりこむとき、仕事の時間に一切期待していなかった余分な糖分がエクストラ報酬として脳を揺らし、なるほどこうやって働くというやり方もあるのかと、毎年この時期になるともっと余裕のある仕事のペースがあるのかもしれないなと同じように一考し、明日になるとすべて忘れてまたアコヤ貝を採りに潜る海女さんの心持ちで仕事に潜水するけれど、それはそれとしてお菓子とのひとときの逢瀬はまるで日焼けの記憶のようにじんじんと体を火照らせる。

お中元。よいものだ。物流・配送を担当する方々には手間をかけるけれど、そこはなんかうまく適切な稼ぎに落とし込んでいただければこちらも助かる。物のやりとりだからよい。金が発生するからこそよい。心のやりとりよりも何倍もカラッとしていてよい。効率は悪く、無駄が多く、能書きがうるさく、しかし、そういったものを全部忘れてしまえばこれほど「ほくそえむ」ものもそうはあるまい。お中元はよい。




書籍の企画でたくさんの医者にインタビューをして回ってはや1年。企画は順調で、もうすぐインタビューも終わる。ただ、ここからの残り数人も、私が各方面で尊敬する方々なので、気は抜けないし楽しみにしている。スケジューリングについてはいつも苦労している。みんな本当に忙しくて、お休みという概念が基本的に存在しない人ばかりで、なんとか無理をいって土曜日の午後とか日曜日の午前中みたいなところに時間を作ってもらい、いそいで航空券を押さえて日帰りで飛んで話を聞いてまた帰ってくる、いう感じになっている。そんな中、ひとりの偉大な内科医が、インタビューの直前になって予定が合わなくなり、リスケジュールすることになった。私としては別に問題ないし、書籍の進行的にも想定の範囲内なのだが、とうの先生はとても恐縮してしまい、こちらとしてはむしろお忙しいところかえって申し訳ございませんと、日本人らしく互いにすみませんすみませんのやりとりとなった。そのやりとりの過程で、編集者を介さずに私宛のメールがとどく。

「おわびにご飯のお供でもお送りしようかと思うのですが、チャンジャなど召し上がられますか」

なるほどこれは困ったな、と、前の私ならば思っていただろう。かつてはとにかく人からものを送られるのがいやだった。送るのは好きだ、結婚の祝いとか転職のはなむけだとか、カタログギフトだったり特産品の詰め合わせだったりをこちらから送ることについては心が踊るのだけれど、人からもらうと絶句してしまう。端的に言って「ありがためいわく」であった。自分でコントロールできないものが外からやってきて、自分で計算していない賞味期限を考えながらいつもと違うリズムで過ごすのが苦手、ということなのだ、今にして言語化してみるとうーんワガママだなと思うけれど仕方ない。自分がものを送るときにはそこまで考えていないのでこれほど自分勝手な話もないと思うのだけれど、こういうのは理屈というよりも持って産まれた気質みたいなもので、いかんともしがたかった。

しかし最近の私はよくも悪くも摩耗した。そういうのがちょっとだけ平気になっている。チャンジャという言葉に瞬間的に心がときめき、「ものをやりとりするくらいには警戒心を解いてくださっているということなのかも」といううれしい気持ちが自然とわきあがってきて、メールに以下のように返事を書いた。

”お世話になっております、ご連絡まことにおそれいります。かえってお気遣いをいただきまことに恐縮です。お気持ちだけで十分ありがたく存じますが、チャンジャなど大変好物ではございまして、それではお言葉にあまえて病院までお送りいただければ幸いです(下記署名内をご確認ください)。こちらからも夏のお品物など選んでお送りさせていただきますので、ご発送の際にはお荷物を受け取れる住所などご記載いただければ幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

市原 拝復”


「チャンジャなど大変好物ではございまして」のくだりなどお調子者以外の何者でもなくて苦笑してしまう。ただ、「こちらからも夏の~~住所などご記載いただければ」のあたりは、うん、我ながらうまく書いたものだなと、いや、社会のマナーとしては、マナー講師陣が揃って膝から崩れ落ちるようなメールなのかもしれないが、でも、これくらいまでやりとりできるくらいにはなったのだなと、おそまきながらの成熟度合いに自ら及第点を付けるに至る。




これまた別の話になるが、以前に仕事でご一緒した方から「夏の品物」が届いた。ひとつは乾きのよさそうな、「垢すりの手ぬぐいのちょっといいやつ」みたいなもので、もうひとつは冷感ならぬ霊感グッズで「霊がいるとランプが光るアクセサリー」なので笑ってしまった。夏のギフトとしては価格帯を考えてもなかなか見事である。そうめんとかビールとか洗剤を送り合うのもいいけれど、こういう「自分では買わない絶妙なラインの品物」を送られるというのは気分がいい。いや、違うか、正確には、「こういうのを送られてもいい気分になるような相手から送られてきたものだからよい」のである。誰から送られてもうれしいわけではない。フォロワーから食べ物が送られてくるとか本が送られてくるとかいまだに恐怖でしかない。結局は間柄なんだよな。その「間」の設定がとかくうまくいかない私という人間にもずっと問題はあったのだ。とはいえそれを許せるのもまた私しかいないのだ。

仕入れの下手な店長のノリ

メールというのはふしぎなもので、便利であることはいいとして、なんらかの不具合で届かなかったときにはむしろ、その相手との関係が、元来メールアドレスを知らない相手よりもはるかに遠くに断絶してしまったように感じる。おそらくこのような現象にもなんらかの名前がついているだろう。アラバマ大学ハンツビル校のジェームズ・グリッケンハウス教授はマウスを使った実験で、1日に2回だけエサが与えられるマウスと、1日に4回エサが与えられる暮らしを10日間続けたあとに急にエサを3回に減らされたマウスとでは、後者のほうが平均寿命が短くなることを示し、生命は最初から何も持たないよりも、しばらく持っていたものを失うほうがダメージを受けるという法則を提唱、この業績が業界内外でひろく認められ現在はグリッケンハウス現象と呼ばれている、みたいな話がおそらくどこかにはあるのだろう(※以上はすべて作り話ですしジェームズ・グリッケンハウスはアメリカの映画監督・自動車オタクであって研究者ではありません)。

まあ何が言いたいかというとこれまでメールが届いていたはずの人にメールが急に届かなくなって私はさみしい思いをしているのである。



今朝、朝食のあとに歯磨きをしていたら奥歯の冠がとれてしまった。飲み込むでもなく砕くでもなくぶじ銀色の冠を回収できたので、ティッシュにくるんでそのままキープして、このあと歯医者に電話して詰め直してもらおうと思うのだけれど、補修に成功して10年以上何事もなく使っていた奥歯がポンと欠けるというのはじつに居心地の悪いものだ。舌先で穴の空いた奥歯のところをつんつんとさぐりながら肩を落とす。


失うことにかまけて得ることを寿げなくなっている日だ。すでにあるもののありがたみを感じることなく、欠落にばかり視線を泳がせるというのはある意味、生命の適者生存過程の帰結として当然なのだろうと思う。水が透明なのではなく、水が透明に見えるように私たちの目が進化した、みたいな話を思い出す。わたしたちは空虚をさぐるような挙動を通して生命活動を更新し続けるようにできている。すでに満ちたものはもう満ちているのだから意識をそんなにたくさん回しても効率が悪い。


名刺が切れた。もう今の職場で働くのもあと2か月といったところで、ここから名刺を新調するというのもどうかと思うのだけれど、残り2か月でそれなりの数の人と会わなければいけないので名刺を切らしたままにしておくのも気が引ける。長年使っているサイトを見に行くと、かつては50枚単位で作れた名刺が今は100枚単位でしか注文できなくなっている。100枚かあ。そんなに要らないなあ。しかしいまさらほかの会社に注文するというのもアレなので結局100枚の名刺をあらたに注文する。届く。開封する。こんなにあっても使い切れないよな、と隣のデスクにいる技師に話す。すると彼はこういうのだ。

「余ったら置いていっていただければ、薄切のときに切片を拾う紙にしますよ」

そうか。そういう使い方ができる紙なのか。それはいい話だなあ。余りものには夢がある。足りないよりも余っていたほうが、よっぽど、発想と苦笑が広がって私の気持ちは楽になるものだなあと、なんだかよくわからない安心をした。

魔石ライディーンによって習得可能

で、結局、AIがなにをしたのか、という話なのだが、わかりやすいことは未だになにもしていない、されていない。私はそのよさを認識できていない。ただし、あらゆるアプリの中に入り込んでいて、さまざまなプロセスを高速化していて、認識外の部分でおそらく私は、AIによって猛烈に助けられている。それはおそらく、プログラマーが用いる言語がこの20年くらいでどんどん進化してきたこととか、医療統計学のしくみが改善され続けてきたことなどといっしょで、市井で暮らす間にはまったく見えてこない部分の研ぎ澄まされで、実感の持ちようがないが、漠然と感謝はしている。

エネルギー効率の進歩とか。生産ラインの強化とか。防衛にまつわることとか。通信インフラとか。防犯、セキュリティとか。医療とか。そういったものは着々と変化していて、その多くは進歩と呼んで差し支えないものだと思うが、実感できず、だからといって感謝の気持ちまでないわけではない。その感謝は、意図的に喚起していかないといけない類のものである。自然と湧き上がってくるようなものではない。掘らなければ湧かない温泉である。能動的に呼び起こして感謝をする。そうしないと申し訳ない。人知れず助けられていることに無自覚なのはしょうがないが思索によってそこの蓋が空くならなるべく感謝の気持ちを伝えたい。

で、まあ、そういうことを全部踏まえたうえで、我が身に近い範囲のことを狭く述べるのだけれど、ここ数日ほんとうにAIに関心が持てなくなった。数年ではなく数日なので今いちばんホットな話題である。さらに言えば、関心が出てきたのではなく無くなったのであと数日もするといよいよこの話も書けなくなる。だから書いておいたほうがいい。

人工知能が高度化して知能のサポートに回る過程を山のように見る。自分の業界でも、業界外でも、それはほんとうに知能のようで、知能の発育を見ているようで、感心している。それでも着々と興味がなくなっていくのだ。自分でもちょっと意外である。意外、意の外、今回の話はどちらかというと意の内奥におどろくようなものだが、言葉としては意外というのがおそらく合っている。

それはあるいは、私が人間にさほど関心がないことと似ているのかもしれない。さほど、であって、まったくない、わけではない。愛着もあるし執着もしている。けれどもなんというか、どこか、人間同士の接続をシナプス間隙くらいの非連続なものにできたら心地よいのになと感じる気持ちが常にある。ときおり微弱な媒介物の分泌によって一方通行の刺激が流れてくることは許容できる、廃絶したくないし隔絶されたくもない、しかし、双方向で閉じたやり取りをするくらいなら、曼荼羅の中に情報を撹拌して因果をわからなくしてしまったほうが快適だ。

そして人間というものは往々にして、私のそういった、人間同士の距離を少しあけようとする姿勢に敏感に反応してくれるのだけれど、AIをめぐる一連のあれこれは、私の醸し出す空気を読まないというか、私に対していつも接してやりとりをしようと試みる感覚があって、私はそれが不快なので人間を遠ざける以上にAIを遠ざけたいと強く思うようになった。

AIの搭載をうたう商品に「うっすらとした不潔」に近い嫌悪感を覚えることすら、まれではない。このような自分の反骨的な感覚に戸惑う。変化が受け入れられない中年あるあると言われれば言葉もない。ただ、私は、レストランで配膳に走り回るロボットが、子供用イスの足にひっかかって行けず帰れず立ち往生しているところを、バイトの店員が「しょうがないなあ」などとメロディつきで口ずさみながら直してやっているあの風景を、いずれAIが消去していくのだと、我が物顔で説明されたときに鼻で笑って、それはつまり世界から詩を奪うような恥ずかしいことだというのをわかって言っているのかと一息に述べてしまい場の時間を一時的に停止させて私は二回行動が可能になったので追加でアルテマを唱えておいた。

本当はタクシーだって無言で乗りたい

札幌の夜に寝苦しさを感じるというのもここ数年の話。子どものころは海で泳げるほどに暑い日なんぞ年に数日もなかった。銭函の海水浴場は私にとって「唇が紫色になる場所」として記憶されている。あるいは母親の実家があった乙部町の、潮見の浜の、ウニのカラだらけの岩のゴツゴツの上を、素足で歩くとほてった石が足裏を焼いて、それでようやく冷えた体があったまる、それが強い体験として私の夏の印象をかたちづくっている。お盆の前の1週間くらいに大慌てで、寒い思いをしながら海に浸かって、お盆がすぎたらもう長袖、あのころの私たちは、のび太ってやけに薄着だなと感じていた。

40年さかのぼらずとも、20年ちょっと前、私が大学で剣道をやっていたころも、東医体(医学生の体育大会)が首都圏で開催されるたびに我々北海道民が暑さにやられて実力が出せないということを懸念して、武道場の窓を締め切って室温を38度くらいに上げてむりやり暑順化させるというのをやっていた。あのころはそうでもしないと、北海道で夏の暑さを味わえる時期というのがほとんどなかった。しかし今はもうその心配はない。札幌の7月初旬でもすでに33度があたりまえだ。毎日のように東京の気温を超えている。おまけに湿度も高い。どうも気温だけでなく梅雨前線もちかごろは北海道の上にかかっている。庭の作物も雑草もめきめき生えておりトトロを彷彿とさせる。剣道部員もいまはエアコンが必要なのかもしれない。シベリアよさようなら。モンスーンよこんにちは。

こういった話題をスッススッスと口に出すようになった。きっかけはたいてい出張で、釧路だとか旭川だとか函館だとか北見だとか帯広だとか、北海道内のどこぞに行ってタクシーに乗ると、駅なり飛行機なりで乗車した時間をみながら運転手が、「札幌からですか」と口火を切り、そうだと答えれば「近頃はもうこのへんも気候が変わってすっかり夏なので避暑地にもなりゃしないんですよ」からおなじみの話題が自然に展開されていく。私はもう何回、タクシーの運転手と「温暖化」について語っただろう、いい加減飽きてきたけれど。うしお祭りの日にこんなに暑いなんてねえ。イカもすっかり高級魚でさみしいねえ。ちかごろはブリなんですってねえ。





大学の教授と准教授にまねかれて、東京からやってきた教授をもてなす食事会に出た。部外者は私。若手としてほかに大学院生がひとり。こじんまりとして、接待というにはいささか規模が小さい。ビルの上のほうにあるちょっといい店、そこまで高すぎないけれどわりと上品な会食である。今日は私はそんなにしゃべる必要がない日だ。もっかの目標としては、一番若い大学院生のキャリアをぶあつくするべく、招いた偉い教授との間にコネなどできたらラッキーですね、くらいの薄ぼんやりとした風景をみる。ただ、まあ、こういうのを無理お膳立てすればよかった時代でもないのだ、今は。脂ぎった握手を繰り返して若手の人生の建築に手を貸すなどハラスメントしか感じない。そこで私はのんびりしていた。ここぞとばかりに弛緩した。会話のネタも持ちあわせないし産生する気もない。向かいに座った准教授はその点さすがに見事で、ゲストがしゃべりやすい質問をときおり挟み、感想なども短く述べて、でも語りすぎるでもなく、さりとて話を止めるでもなく、和気あいあいと場に潤滑をあたえている。こういうところ私はとんと疎い。思い出すのは海外出張、英語力がないから現地の人と世間話もできねぇと思っていたけれど、そもそも私は日本語でも世間話というのがぜんぜん得意ではないのであった。相手のポジションやストロングポイントを事前につかんで話題を広げていくような手さばきというものを一切持ち合わせていない。会食の席で偉い人どうしが会話しているのをみると、日本で日本語でしゃべっているはずなのにどうも海外に放り出されたような気持ちになっている。なにか私からも話のタネを持ち込めないかと少し考えてみたけれど、「近頃の札幌は東京並みに暑いんですよ」くらいしか思いつかない。天気と野球とSNS。いずれもここですべき話ではない。最近なんか私からうまいこと会話を広げた記憶ってあったろうか。タクシーの運転手とのやりとりくらいだな。眼前の会話ははずんで、モデルマウスが踊りポスドクが爆発していて、私はいつまでもそこに順応できないでいる。ああ、タクシーみたいに、夏の暑さの会話だけ、していればいいよと言われたら、どれだけ楽だろうなあ。

猪木

あんまり大きな声では言えないのだけれど現在は会議中である。PCの画面の左上でZoomが開いてあって、右側にブラウザを押し込むようにブログの入力スペースを展開している。ちなみに左下には会議で使うための資料を開いてあり右下にはメールのクライアントソフトの一部を写してあり、モニタはさながら空港で売ってるタイプの選択肢の少ない幕の内弁当みたいなことになっている。会議は不定期に私に意見を求めてくるのでヘッドセットをつけたままPCカメラに正対するかたちで、ブログを書いている腕まではZoomに映らないから私はさきほどからじっとモニタを見て会議に参加している人みたいな顔でいる、ただ、これまでの経験からいうと、肩から下だけ使ってばかすか何かを入力しているタイプの人というのは、画面越しでもなんとなくわかってしまうものであり、つまりZoom会議に参加している14名はおそらくみな私がなにか内職をしているのだろうなということを薄々気づいている、しかし、ざんねーん! 私がやっているのは内職ではなくてブログの執筆なのでしたァーッ! 余計悪い、悪いがまあ仕事がきちんとできていればよいだろう、これがきちんとした仕事なのかどうかは置くとして。

それ置いたらいかんやろ。


近頃はやる気根気元気みたいなことをよく考える。それも、自分のではない、他人のをである。私はいい、なぜなら、私はもう、世間的にどれくらい辛いことが自分にとってどれくらい辛いことになるのかというのをフーリエ変換できるようになったからだ。社会が私になにをさせたいのかについてだいたいなんかうまいこと次元圧縮したりハッシュ化したりしてある程度不可逆な省略などかけていくうちに自分の体調に応じてほどよいタスク量におさめるみたいなことを人並みにはできるようになってきたからだ。だから気になるのは他人の体調。他人のメンタルステータス。他人の心のざわめき。他人の心のおちつき。みんなにやさしくありたい。みうちにやさしくありたい。たにんにやさしくありたい。

しかしそれもまた他人にとっては大きなお世話であろう。こういう話については、じつをいうと、私がいちばん素人なのだ。私がいちばんへたなのだ。だいぶうまくなったけれど、それは、他のみんなに比べると、だいぶ遅いのだ。みんなずいぶん前からそういう変換をやっていたのだ。それこそ、高校のころから、中学のころから。

私はこの年になってようやくできるようになったというのにだ。

かつての私はだいぶ驚いた。社会のメッセージを自分向けに変換するという行為を、たいていの人は、遅くとも社会に入ってだいたい五年くらいまでには、多かれ少なかれ身につけていく。早ければ学生時代からだが遅くても社会に出るとだいたいみんなそういうことができるようになっている。しかし、私はそういったものがわからなかった。いつまでもできるようにならなかった。自分がやりたいことと、自分ができることと、社会が私にやってほしいことのバランスをとれず、すべてを貫くような筋を通すこともできず、ひたすら自分ができること、というか、より正確に言うと、自分ができないぎりぎりのことを、無闇矢鱈にやっていくばかりで、個人的な達成感だけ手に入れてそれが社会の要請とどう噛み合うかみたいなことをまるで無視してきた。あちこちの重力場をゆがめて、光としては直進しているし最短距離は常に進んでいるのだけれど外部から観察するとそれって結局めっちゃ歪んでるよね、みたいなアインシュタインの予測が見事に証明されていた。

でもだんだんそういうのは違うんだなあということがわかってきた。そして、誰もが、やりたいこと、できること、やるべきことの3つを統一するにあたってなにがしかの変換を用いていること、その変換には、やる気元気根気みたいなものをけっこう消費するのだということを、ようやく知った。

みんな私よりそういうのはうまい。ただ、私よりも燃費は悪いようにも見える。だから近頃は、私は、みんなのやる気元気根気みたいなものを、よく見なければいけないよなあという気持ちになっている。でも繰り返すけれどそんなのは大きなお世話なのだ。ああ会議が終わった。

小林秀雄に完敗

福田和也の本を読んでたら小林秀雄の『考えるヒント』が引用されていて、読んだことないなあと思ってKindleを探しに行く。福田和也が引用していたのは『考えるヒント・3』であり、なるほど1と2もあるのかと思ったらどうやら4まであるようだ。1冊ずつは売っていなくて古本がちょっと高くなっている。でもちょっと探すと、1から4までが合本になったKindle版というのがあるのでそれを購入。

買って1から読み始める。日本語で書かれているのだが、日本語がなんかうまく入ってこない。これくらいの古典だと私はしんどいんだなあと思って、ちょっとがっくりする。しかし、全くわからないわけでもないから、あきらめるでもなく読み進めていく。この塩梅ならぎりぎりなんとかついていける、と思った次の段落はぜんぜん入ってこねぇな、みたいなリズムである。半分くらいは脱落した状態、でもときどきぐっと入り込んでちょっとわかった気になる、錯覚半分、幻想半分。読書ってそもそもこれくらいでいいのかな、ぜんぶがぜんぶスッススッとごくごく飲み込むような読書ばっかりでもつまんねぇもんな、いや待て、んなわけあるか、わかったほうがいいじゃねぇか、などと、卑屈半分、開き直り1/4、誤差1/8、含羞1/16、行きつ戻りつ、ときどき居眠りつ。どうにも登山の趣がある。

昭和三十年代に文藝春秋に連載されていた文章だ。かの有名な小林秀雄だ。口語調の散文形式で書かれているから読んで読めないことはないはずだ。でも言葉がうわすべりして、なかなかまとまった意図が飛び込んでこない。うーん。そこまで難しい単語を使っているというわけじゃないんだけどなあ。難儀しているうち、わりと序盤のほうに、本居宣長のことばを引いて、「姿(言葉)は似せ難く、意は似せやすし」と言っている部分があってひっくりかえってしまった。

逆じゃねぇのかよ。意すらわかんねぇのに、言葉はもっと難しいってか。

なるほど。そういうこともあるのかなあ。いやほんとかよ。これ、わかった気になっていいのかよ。

小林秀雄が言葉ひとつひとつに込めたニュアンスをおそらく私はけっこう取りこぼしてしまっている。通り一遍の意味にあてはまらない論理の波に乗ることができない。ざんぶざんぶと頭まで水をかぶっていく。



世の中にある複雑な現象あれこれを、自分の口に合うものだけ選んでプレートによそって食していくのにだいぶ慣れた。あえてわからない味を皿に盛らない。別に名物だからと言って食わなければいけないわけでもない。前の日に飲み過ぎたらそもそもコーヒーしか飲まない。和食の気分だったらベーコンを食わない。出張明けの旅の朝の、ビジネスホテルの乾燥したバイキングの、二周目のないピックアップの結果としての合格点ライン40点程度の朝食の。うまいものだけ食って何が悪い、の。気になったものだけ食って何が悪い、の。

SNSに対しても、アマプラにしてもネトフリにしても、YouTubeにしてもなんにつけても、そうなっている、そうなった、そう流れ去ってよどんだところの私である。

貪欲に文字を何度も口の中で噛んでふくめるような、独唱にも似た読書というものを、やれるだけの精神的な体力を失った。そもそもそういう体幹をささえるための筋肉をこれまでの人生の中でろくに鍛えてこなかった。小林秀雄が読めないのかあ。いや、これは、十分に読んでいて、ただし読書というのは、こんなふうに一度さっと目を通してわかったわからないで終わるものでもないので、まだ、読み終えていないのだ、読み始めてもいないのだ。たぶんそういうことなのだろう。スローライフとかくそくらえだと思っていたけれど、ステディな読書というものにもう少し、私は気を向けてみてもよいのかもしれない。わかりやすい本なんて読んだ先から忘れてしまうだろう。悔しくて忘れないくらいの読書のほうが、どれだけ覚えていられることか。覚えていればいいなんて全く思わないけれど。

切り餅は使うのに便利

今回の日本消化器画像診断情報研究会の会場の、古さが際立っていた。学会場とは思えない。区民センターというおももちである。いももちではない。でもいももちのおもむきくらいの昭和感はあった。おももちのいもむき。おいものおきもち。ももいちのにほんたろう。

市民が集っていた。「音楽室」から吹奏楽系のドラムの音が聞こえてきた。気温はさほど高くないのに蝉の声が空間をゆがめていた。奥まったスペースに100人入れるホールがあって、白飛びがはげしいプロジェクタがあって、送風が主機能であるエアコンがあって、研究会が行われた。参加者の平均年齢は55歳くらいだろうか。オンライン参加が120名、現地参加が90名。よく集まったほうだと思う。コロナ以降初、6年ぶりの開催となった胃X線系の研究会である。

X線には、近頃のドクターは見向きもしない。内視鏡があれば十分だという立場を隠さない。でも、この検査を毎年まだ何百万人もの人々が受診している。X線が役に立っていたのは20年前までだ、と、口さがなく指摘する内視鏡医もいるが、それは単純に統計を見ていないから、もしくは自分たちの権益を増大させるためのポジショントークであって、令和7年も胃X線が胃がんを見つけて命をながらえたひとたちが、統計学的に「国民の役に立っているなあ」と言える程度に存在する。そういう数字を見ている内視鏡医ならば、胃がんを発見してくれる胃X線に感謝こそすれ、「もうやめたらいいのに」なんて言わないはずだ。あるいは製薬・機器メーカーのCOIにどっぷり浸かっていることを自覚していないのかもしれない。

現時点で、内視鏡検査は胃X線の代替手段にはなりきれない。単純に国民を網羅するほどの内視鏡検査が施行できない。内視鏡医は決して少なくはないが、多くもない。医者の総数を考えると、精密検査ならまだしも健康診断に積極的に従事する医者を今後爆発的に増やすというのは事実上不可能である。診療放射線技師と保健師のタッグで全国に張り巡らされた健診施設の胃X線検査は、安定した数字を叩き出し続けており精度管理も優れている。胃X線を受けた人々の0.1%前後からがんが見つかり、その見つかるがんの6割は早期癌で、令和の今も、胃X線は着々と国民の命を救っている。地域の住民の人数と、内視鏡医のバランスとがうまくかみあった一部の地域で、「内視鏡検診」によって胃X線検査をなくすることは可能だろう。しかし国全体を見ればそういうわけにはいかないのだ。

胃X線従事者たちの研究会や講習会が続く限り、私はそれを病理学的な面からサポートし続けたい。そういうことができる大学の病理医はもういない。大学の病理医はたくさんの科の診断やカンファレンスに参加しつつ、教育も、自分の研究もしなければならないが、その中で、研究業績として認められやすい仕事を優先せざるを得ない事情は横から見ていてもまあわかる。検診の仕事の精度管理とか技師の教育とか研究会のにぎやかしまでは手が回らないだろう。一方の私は「外れ値」であって、診療放射線技師の本音としては市原よりもっと偉い病理医を呼びたかっただろうし次善の策というか「おさえ」として私を呼んだにすぎないのだろうが、しかし、私にとっては長年胃がんを勉強させてもらった大事な関わりでもあり、これからも望まれる限りで彼らの手助けを続けていきたい。


ピロリ菌に感染している若者の数は激減している。すると胃がんの罹患人数も減る。将来的には胃がんはなくなっていく。子宮頸がんがHPVワクチンによってほとんど根絶レベルにまで減らせるのと同じことだ。けれども、統計をきちんと読み込むと、2070年までは、高齢者の中にピロリ菌感染者・感染既往者は残り続ける。じつはピロリ菌というのは、一度かかって慢性化してしまうと、たとえ除菌しても(胃炎の経過に応じて)がんの発生リスクは残ってしまう。将来的になくなるがんだからと言って、今、検診まで縮小するというのは明らかに時期尚早である。

ただ、話は簡単ではない。検診・健診が有効な罹患率というのがある。あまりに発生がまれだと、偽陽性のリスクのほうが高くなってしまう。ありとあらゆるがんを早期に見つけるという悪魔のささやきみたいな商品はうそばかりだ。何十種類のがんを早期にみつける尿検査を医師が推奨していると見て誰だそのバカな医師はと思ったら知っている医師だったということがあって膝から直滑降であった。尿だろうが血液だろうがPET健診だろうが、罹患率のまれながんを早期に発見する(という触れ込みの)検査はだいたいデメリットまみれで本当に悪辣な商売である。恥を知ってほしい。

胃がんも、発生率が減少すれば、いずれ検診事業は廃止するべきである。しかしそれは今ではない。数字を見る限りでは、だいたい2050年くらいまでは胃X線検診によって命を救われる人は残る。どこかで順次内視鏡検査に切り替えたい医師も多いとは思うが、事実上、2040年くらいまでは無理だろう。新たな技術とAIでなんとかなるか。正直それもむずかしい。理由は山程あるのだけれど、一番大きい理由(かつ、専門家じゃないとわかりづらい理由)は、ピロリ菌の罹患率が低下することで「がんの周囲の胃粘膜の状態が刻一刻と変化する」こと、それによって、「AIが学習するデータが毎年古くなってしまうこと」がでかい。簡単にいうと、今年の胃がんを大規模データとして収集して学習しても、再来年の胃がんは見逃す可能性がある、それが胃がんの難しさなのである(ちなみに一部の病理AIにも言える)。こういう領域におけるAIは、思ったより精度が高まらない。まあほかにも理由はあるのだが、とにかくAIをからめた胃がん検診というのはおそらく成功率が低い。チャレンジする価値はあると思う。でもその成功を期待して今の検診を先細らせてはならない。

胃X線検査は、あと25年……最低でも15年は必要。これだと、今年、新卒で病院に勤め始めて、胃X線検査にたずさわった若手は、退職までは続けられない。昔の生涯雇用的感覚からするとリスキーなキャリアになってしまったなという思いはある。でも、逆にいえばまだ25年は続く世界だ。地方の路線バスといっしょで、それで命をつないでいる住民がいる間は、私たちは整備を怠ってはいけない。研鑽を続けなければいけないし、25年従事できるならわりとありなんじゃないかと、やや冒険気味にいうこともできる。そもそもありとあらゆる医学的な業務は、25年も経つと変わる。開腹手術だってどんどん減ってロボット手術に置き換わっている。だからといって手術の技術を学んで無駄だったと言う外科医はいない。いまどき、長くなった人生を、なにかひとつの技術だけで生き抜いていこうという若者のほうが少ないのではないか。まあそのあたりの若い人の本音なんてものは私にはわかりようがないのだが。

わからない若者に頼ってもいられまい。あと25年。これは、私がなんとか働き続けるであろう時間とだいたい一致する。つまり私は、私の世代は、胃X線の健診・検診を最後までサポートしつづける世代だ。最後まで本気を出し続けることは、おそらく、私が間接的に命にたずさわる人数を増やし続けることでもある。


さて、研究会である。前回、岩手で開かれたときには現地に診療放射線技師300人以上が集まった。それに比べると集まりが悪い。検査の人気がなくなったからというよりは、どこの施設も、出張費の捻出が厳しくなったからかなと思う。飛行機が高い。新幹線が高い。宿が高い。ライブ配信があるならそれでいいという考え方が一般的だろう。私たちは少しずつ、少しずつ、「現地集合」の魔力から離脱しつつある。そんな今、勉強をするためにわざわざ全国から集まってくる人々というのは、どこか、頭のねじが数本はずれたところがあって、まあ、こういう物言い自体が過去の遺物なのだろうが、私にとっては若干居心地がいい。

単位がとれて職場の理解もまだ良好な「学会」ならばまだしも、「研究会」に自腹でバカスカ何百人も参加していた時代はほんとうに過ぎ去った。はやらない。今の熱心な若者たちは現地に集まることなくオンライン教材を用いて我々以上の知識を容易に収集している。我々ヴェテランは、古びて、郷愁にひたり、ぶつぶつと愚痴をいうか、それが恥ずかしい場合はむしろ底抜けに明るく振る舞って、刹那の研究会をなんとか輝かせようと腰椎を分離させながらマウスを振り回し額に汗してレーザーポインタを交錯させる。

どうも私はちゃんとおじさんになっている。古きにしがみつき、一方的な立場から自分の正当性を主張し、大所高所からのものいいをできずに、旧知のつながりに依拠して学術的ではないことをちまちまやっている。こういう私が肩入れする業界だから人気がなくなっていく、ということもあるかもしれず、おじさんとはいつも、自己嫌悪によって自己を懸濁しながら謙虚に縁の下にもぐりこんでいく存在でなければならない。本当に大事なことはどんな検査であってもどんな医療者がどのように暮らしていても関係なくてただ患者や国民の命や生活が今より少しだけ良くなっていくよう振る舞うことである。その過程でおそらくしばらく役割があるであろう胃X線検査を「かばう」のではなく「使い切る」おももちで私は正しく振る舞い続けなければならない。

運動をしました

機嫌の高低があるので、少し運動などをして疲労したほうがよい。元気があるから意識を自分でコントロールできる範囲以上に広げて飛ばしてし余計なものを覚知して対応してネガティブな感情を創出してしまう。私は元気をなくするべきなのだ。しかし悔しいことに最近は体力に余力がある。土日祝日いっさい休まず西へ東へ出張つづき、朝に北方にクロマチンの不均等分布を見つければ行ってdeeper sectionを頼み、夕に南方に病変不明の切り出しあれば裏を切ったらいいと告げ、北北西にほくほくして、南南西になんなんだろう、西南西がうるせぇなん、東北大は仙台にあります。まあ充実しているということなんだろう。学生のころの落ち着かない身持ちに比べたら百倍マシだ。未来にも過去にも見通しができなかった視野狭窄の20代に体中に刻印された圧挫痕を撫でながら男性更年期の不安を鼻でせせら笑う。この程度でつらいと言っていればいいくらいの年齢になった自分を寿ぐほかあるまい。それにしても機嫌の高低があるので、少し運動などをして、もう少しくらいは疲労したほうがよい。

ペペロンチーノという言葉に可能性を感じている。「みみっちいのう!」というケチなジジイの文句に近い語感に可能性を感じている。みみっちい、という言葉の語源ははっきりとしないようだが、微々たるもの、という微々がなまったとする説や、ミミズのように小さい、という言霊感しかない説、耳を揃えるというイメージのみみ、などがあるようで、つまりみみっちいという言葉は「みみっ」のところに矮小なイメージがあって言葉の骨格となっているわけだ。するとぺぺろんちいという形容詞もぺぺろんのところになんらかの音便を伴う元単語があったと考えるほうがいいだろう。ぺぺろん、というのは口の中で遊ぶ感じがするが元はもう少し硬質だったはずで、微々がみみとなるという説があるくらいだからぺぺろんも平米論(へいべいろん)とか弁別乱(べんべつらん)とか遍弁歴(へんべんれき)のような言葉から音便したのではないかと想像される。となると、ぺぺろんちいという形容詞はおそらく、「単位体積を論じるような」、「判断が乱れるような」、「あちこちでべらべらしゃべってきた歴史的に」のような意味の言葉であったと想像されるが、このような意味が「ぺぺろん」などという軽い発音に変化するというのは、「意味だけでなく音もそれっぽい」という日本語の原則からすると理解に苦しむ。となるとこれまでの仮説はすべて間違いで、やはりぺぺろんちいというのは「ぺろんとむき出しになってなんかちょっとやらしい」、もしくは「ぺろりと食べられるくらいおいしい」のどちらかの意味の形容詞であろうと考えられるし、その言葉が実際に現代においてはある種のパスタを意味する(おそらくは伝来の過程で混同があったのであろう……)ということを考えると、結論としてぺぺろんちいという形容詞は「おいしい」という意味の古語が変化したものと考えられますか?

これでなんとかうまいぐあいに疲れた。

朝、気づいたらふとんの上に正座していて、妻に怪訝な目を向けられる。4時くらい。外はもう明るい。むりやり起こされて寝ぼけている。今日はそこまで早く起きなくてもいい日だから交感神経のスイッチを入れるのがちょっと早すぎる。切る。軽くうがいをしてから麦茶を飲み、トイレに行って、またふとんに戻って、寝直す。気づいたらアラームが鳴っていて、6時である。今度はちょっと遅い。5時には起きようと思っていた。イチモニを見ながら朝飯を食って、庭の野菜に軽く水をやる。日差しはしっかりしているが空気がそこまで暑く重くはない。視線のぎりぎりふちにずっと同じモンシロチョウが飛んでいる。今年は、キュウリの苗にアブラムシがぜんぜん付かない、不思議だなと思う。虫も暑さにやられたのだろうか。あるいは隣のお宅の畑の防虫管理が完璧で、うちの庭の虫もいっしょに追いやられているという可能性もある。育ったキュウリを1本ねじって採って、終わった花の花びらをむしって捨ててから家に持って入る。

出勤してメールに返事をしながら早朝のウェブ研究会の準備をはじめる。あまり時間がない。Zoomリンクを踏んで立ち上げている間にヘッドセットをつなぐ。事前に準備しておいたパワポの病理解説の部分を読み返しながら内視鏡医たちの読影を聞く。思った以上に画像の細かい部分を深く鋭く読まれていてうれしいことだが、読みが深いと病理解説にも深さが必要になるのでその場で修正をかけていく。写真の用意はもう間に合わないけれど写真を見たときの解釈と開示の配分については調整が可能である。1時間のウェブ研究会で症例は3例提示され、つまり、1例あたり20分の計算になり、1症例ごとに内視鏡画像の読影と解釈の時間に15分くらいずつ使うから、病理解説は1例につき5分。5分で解説しきる必要があって毎回ブートキャンプ的な頭の体操になる。現在、デスク引っ越しの真っ最中で、デュアルモニタは梱包して送ってしまったから、ノートPCひとつでZoom画面とパワポのいったりきたりをしなければならず、それが私の指先の動きに2秒ずつの遅延をもたらしている。

解説と解説の間に、別の病院の病理医から、「胃型の腫瘍を疑うのだが自信がない」というメールが届く。鍵付きファイルの資料をダウンロード。患者IDが入念に消去された画像を開いて細胞をみる。ぜんぜん腫瘍ではない。これは腫瘍ではない。内視鏡像も添付されている。およそ腫瘍には見えない。ではなぜこれを見て、「胃型の腫瘍を疑う」のかを考える。ミミック。模倣。腫瘍ではないのに腫瘍に見えてしまうときの、診断者の、思考、前提知識、その流れと偏りを、トレースする。「こんなの知ってりゃ間違えないよ」ではコンサルテーションにはならない。自分がわからない診断をどこぞの専門家にたずねて、「これはAです。おわり。」という返事が返ってくるとかなり困る。なぜか、がわからない。どうやって同じ結論にたどり着けばいいか、がわからない。次また似たような症例が来たときにどう考えていけばいいか、がわからない。そんなコンサルテーションだと本当にがっかりする。だから、私が、誰かから何か聞かれたときには、そうならないようにする。「なぜ、そう考えられるのか」「どうやって、考えを進めていけばいいのか」「次、似たような症例に出会ったときに、この問い合わせをきっかけとして、少し自信のある自分になれているだろうか」。ヒント。プロセス。メカニズム。

研究会が終わる。北向きの窓の前面がとても明るくなっている。始業のチャイムが鳴っている。午前はもう4時間もない。いつもあまり病理にくることのない医者が、検体の提出方法を聞きに病理にやってくる。同僚が相談をもちかけてくる。昨日送ったメールの返事の続きをつくる。封入装置の不具合の原因がわかった技師の報告を受ける。引っ越しの荷物として梱包しなかった、これは手で持っていこうと決めた、サボテンの水が半分くらい減っているので水をやることにする。また水やりをしている。



脳だけが旅をする

タリーズコーヒーではソイラテかハニーミルクラテをだいたい頼むのだが近頃よく当たる店員はハニーミルクラテにハチミツを気持ち多めに入れている気がする。昔に比べ、飲み終えるころにカップの底にたまっているハチミツが濃い。口の中の浸透圧を最後に殴られる感じで、まずくはない、むしろうまいのだが、しかし、刺激を求めてハニーミルクラテを頼んでいるわけではないので若干ふくざつな気分である。もうちょっと最初から最後まで安定した味でもいいんだけどな。世の中は味変うんぬんにやたらとこだわりがある。しかし「万遍ないこと」が安心を呼ぶというのもまた真実のひとつの側面ではなかろうか。

真実! 笑う。真実じゃないものがこの世にどれだけあるというのか。虚構だって、それを生み出した作者という真実があって存在するのだから、ある意味真実の分泌物と考えることもできるだろう。ずれ、かんちがい、かたより、ゆがみ、それらもすべて、心象的な光が象徴的な重力によって概念的に曲げられた結果、すなわち、情緒的な物理学によって変化させられたひとつの真実と考えることもできるだろう。つまり「真実」というのは「あまねくすべて」のことであり、「真実」という単語は何もかも含んでしまうので、だから、つまり、逆に、「真実」という言葉をあえて使わなければ表現できないものというのはなくて、結局、「真実」なんて言葉を用いる機会はないのである。なのに真実! 笑う。

一方の、妄想! 夢! 解釈! となると一切笑えない。多様すぎる。互いに素すぎる。孤高すぎる。孤島すぎる。私にとっての妄想が誰かにとっての妄想であることがこの世にどれだけあるというのか。私のための夢。私オリジナルの解釈。クオリアって言葉、概念、だいっきらい、わがままで引きこもりの咆哮にへんな横文字の名前を当てた人間が全員真実のいち側面だということに、ひっくり返らざるを得ないにも程があることこの上ないったらありゃしない。ひっくりかえせば名宮なしの迷探偵。ンナコ「真実はいつも不可算名詞!」ンナコ「体は子ども、頭脳も大宇宙の年齢から考えたらたいがい子ども!」ンナコ「ンラー!」ンナコ「よーしこのレッドブルでおっちゃんを眠らせないで……ピスッ」

タリーズコーヒーのカップを捨てに行って戻ってきてこれまで自分が書いたものを読んでためいきをつく。なにやってんだ。この世の中にまたひとつ、確実な真実を残してしまった。書くということはそういうことだ。もちろん、書かなくても真実はつむがれていく。なにをしてもしなくても。ただし、思索だけは別だ、それはどれだけひらいても、確たる物として世に残ることはなく、残れ、残れ、と願いつづけても、むなしく消えて露となって、真実の足元を湿らせる。

そこで懐ゲ脳

ちかごろは、「残務処理」and「ものすごく未来の仕事の先回り」がメインとなっている。これはつまり現在にかかずらっていないということだ。

残務処理の例として、たとえば「他施設の病理医にコンサルテーションを依頼したがそれっきり放っておかれている仕事を催促する」、というのがある。こういうのは私がこの病院にいる間になんとか片付けておかないといけない。人から依頼された仕事を自分の仕事よりも後回しにするタイプのコンサルタントに依頼した私がいけないのだが、そういう人柄、マジで首を傾げる。まあ先方にもいろいろ事情があるのだろう。本当であれば昨年に終わっていたはずの仕事だ。残務といえばこれ以上に残務はあるまい。きちんと詰めて終わらせておかなければいけない。本当に迷惑なコンサルタントだ。こういうタイプに限って多忙をちらつかせながら自分の業績を鼻にかける態度をとる。反面教師に教頭試験があったら首席で合格してなんなら飛び級で校長になるだろう。

ものすごく未来の仕事の先回りの例として、たとえば「再来年しゃべってくれと言われた講演の準備」というのがある。さすがに今から準備しても会期が迫ったらいろいろ作り変えなければいけないだろうし気が早すぎるかなとも思うのだけれど、私がこの先異動をすると、しばらくの間は、学術講演プレゼンを今のスピード・今のクオリティでは作れなくなるから先に先に作っておいたほうがいい。新しいデスクは私の仕事に悪影響を及ぼすだろう。反射・反射・反射の積み重ねでほとんど無意識に動いていた、マウス、タッチペン、キーボードに触れる我が手の微細な振動、モニタに目をやるときの重心移動、がらっと変わって私の仕事の速度は激落ちくんする。なんで今くんが付いたんだろう、わかるが。今の職場のインフラを使えるうちに、未来の仕事に次々と着手しておかないと、異動を理由にいろいろと仕事が遅れる。そうしたらあの生意気で不心得のコンサルタントと同じになってしまう。

残務処理、先回り、残務処理、先回り。

こうして「今・ここ」に対する心配りがなくなることを「心ここにあらず」と表現する。日本語というのはほんとうによく張り巡らされているものだ。現在に生きないとやりがいがスカる。当たり判定が微妙な格闘ゲーム。どうにも毎日、今日の私は本当に働いたんだっけな、という懸念をかかえて暮らしている。

ところで、私がこれまでに「現在に集中している状態」であったことがあるだろうかと考えると、そんなものはないのかもしれない。誰でも思いつくわかりやすい例としては受験勉強が上げられるだろうが、受験に備えて勉強する日々というのは、半分くらいは明日(への見通し)で、半分くらいは昨日(までの蓄積)でできているもので、今日・そのとき・その瞬間に集中してなにかを行うというものではない気がする。大学に入り国家試験を通し資格を取得して専門資格もとって、さあ、落ち着いて毎日はたらくぞ、となるかというと別にならなかった。いつだって明後日の準備、来週の準備、おとといのまとめ、先週のログ、そうやって自分の越し方と行く末に、視線の射程をにじませて、意図のインクを掌でこすってのばして、現在を前方と後方それぞれに拡張しながら「だいたいの今日、プラスマイナス箱ヒゲの範囲くらいの現在」に対してぼんやりと、意識のフォーカスをぼんやりと。現在を点だと勘違いするからこそ、アキレスと亀のパラドックスも生じるし、自分の居場所が狭くて、峻岳の登頂の記念写真を取るときの足元不安のようなハラハラを常に感じることになる。今こことは点ではなく面であり、互い違いに積み上がって階層化した面をすっすと上下移動しながら右往左往する、そう、マッピーのような、グーニーズのような、そういう動きで幅をもってとらえていくのが現在であり「今・ここ」などというものはなく安住の居場所などというものもなく帰るべき場所なんてのももちろんないし本当の私なんておぼろげすぎて掴もうと思ってもじつはもうその掴もうとする手のまわりにあるすべてが私であったりするものだ。

いい病理医

いい病理医というのはふだんどのように顕微鏡を見てなにを考えてどのように記載をしているのか、みたいなことを、当然私は本職だからしょっちゅう考えておくべきだと思うし、なにかにつけてそういうことが考えられるような環境に身を置くようすすんで立ち位置を調整すべきだ。これについて、かつてと少し違うのは、20年前、10年前くらいだと、いい病理医というのが基本的に自分より年上だったわけだが、今は私が加齢したため、私と同年代とか私より年下でもいい病理医である確率がだいぶ高まっていて、ちょっと大胆に、もしくはずうずうしく、「どうやって診断してるんですか!」をにじり寄り的にたずねても怒られない(いやがられはする)。

見て盗む時代でもない。とはいえ、やはり自分よりはるかに上の人間たちの診断にかんする思いが手取り足取り伝授されることはまずないので、ここは見て盗まなければいけない。しかし、同年代や下の人間だったら(失うものはあるのだけれど)堂々と、教えてください! と言ってもいい、だったら聞いちゃえ! ということで近頃はよさげな病理医に会うたびに診断の話をたずねる。迷惑な中年である。

よく返ってくるリアクションとしては「よい病理診断のコツですか? 臨床医とコミュニケーションをとることです」というやつだ。それはまったくそのとおりだし、そのとおりにすること自体がさまざまな理由で困難をはらむので(病理医と臨床医というのは活動時間帯も生息帯域もけっこう異なる、夜行性の昆虫と浅瀬の川魚とがどうやって交流するのかという話に近い)、いくつになっても気にしていなければならないのは本当だ。ただ、正直言ってその程度の話を「診断のコツ」として言われて納得するレベルで収まっていたら私がやばい。学生じゃないんだから。病理夏の学校の講師トークじゃないんだから。

そうだね、で、それで、その先は? と尋ねる。たとえば顕微鏡を見る前にどれくらい自分の心の中の「さくいん」をダーッと見返すの? 顕微鏡を見る前にプレパラートを光にかざして見る? それはいつもやる? 生検でもやる? むしろ生検だからやる? 顕微鏡にプレパラートを置いて何秒でいったん呼吸する? あるいはずっと呼吸している? プレパラートを見ている最中から診断の文章を考えるようにしている? それとも見ているときは文字はいったん横において顕微鏡を見終えてから一気に診断の文章モードに入る? それはなぜ? もちろんあなたは病理医だからすでにそういうやりかたのあれこれを試しまくっていると思うけれど、なぜ今のスタイルになったの? 依頼書をちょっとしか読まないスタイルと一気に最後まで読んでから顕微鏡にとりかかるスタイルで、結果として今、ちょっとしか読まないスタイルにたどり着いたのはどういう心境の変化? 悪性と良性の根本のところで間違える可能性があるような病気をいくつ暗記している? 臓器ごとにピットフォールとなる疾患をポケモン言えるかなみたいに暗唱する夜はある? 文章は長く書きたい派? なるほど、こだわりでたくさん書く、それは全部の臓器に対して? これらの文章はどれくらい先輩から受け継いだ? どこをなぜ変えようと思った? 教科書は参考にした? WHOオンラインは個人で契約している? 取扱い規約は通読する? そこまで仲良くない私に根掘り葉掘り聞かれてどう思った? とガチンコの国分太一化してあれこれをたずねていくことは年上の病理医にはまずできないので、後期高齢中年の役得と言っても過言ではない。

で、こういう話をそれなりにたくさんの病理医に聞いてきたのだが、優れた病理医の場合、最初の「顕微鏡を見る前にどれくらいさくいんを……」のあたりで、なるほど上級編のハウツーを聞きたいんですねといちはやく(はやすぎる)理解してくれて、こっちが何も言わなくてもありとあらゆる動きを言語化したり「言語化できない部分がある」ということを言語化したりしてくれる。冗漫でメタな結論としては、「いい病理医というのは、こちらの意図を汲んでからそれを議論に耐える文字情報として彼我の間に置くまでのスピードが早い」というもので、それって結局コミュニケーションじゃん、となって語るに落ちてお里が知れてとっぺんぱらりがぷうっとふくれる。

茶色の研究

なんとなくだが動画を見る時間がちょっと増えてマンガを見る時間は横這いで文字の本を読む時間が少し減った。スマホの契約をようやくいわゆるギガホにしたことがちょっと関係しているとは思う。人と比べて何周も遅いが、決め手となったのはDAZNで、ドコモの今の放題プランはなぜかDAZNが無料で見られるようになり、これで日ハムの試合を毎試合チェックできるようになるなと思った瞬間にようやく重い腰が軽くなった。いままでほかにもいくらでも、きっかけなんてあったろう、なのになぜDAZN? と自分でもふしぎに思うが、こういうのは理屈とか損得とか福利計算とかでは説明ができない。背中を押してもらうきっかけというか、グラスのふちから盛り上がる表面張力の酒がこぼれる瞬間を探しているというか、とにかくそういうものをまとめて「めぐり合わせ」と呼ぶのだろう。めぐり合いという言葉はあまり好きではないがめぐり合わせという言葉は好きだ。神の放埒、ルーレットの軸の上、能動の積み重ねであったものがいつのまにか誰の意図とも噛み合わなくなる剣ヶ峰。

人の意図の底の浅さを経験するごとに、偶然とか複雑系とかそういうものに身を委ねたくなる偏り。しかし、人の意図、すなわち意識とか意思というものも、シナプスの曼荼羅の錯綜の末に総体として出力されたものなのだから、それをことさらに下に見るというのも理屈としてはまちがっているのだろう。損得とか福利計算とか経常利益とかでは説明できなかろう。


カードの引き落とし額を見て肩を落とす。転勤に備えてたくさん買ったからしかたがない。居場所を変えると金がかかる。ルーティンを変えると金がかかる。日々おなじことのくりかえしでじわじわベーシックアウトカム漏出状態のときのほうがはるかに金はかからない。しかし、我々の仕事で、日々おなじことのくりかえしなんてよく言えたものだよな。毎日違う人間が産まれ、歩き、死んでいるというのに、同じこともなにもないだろう。ともあれもっかの問題はカードの引き落とし額だ。複雑系の位相を転換しようとするときに金がかかるということを、中年もなかばをすぎた私はもう少し真剣に考えて、そろそろ腰を落ち着けたほうがいい。というか、18年、あんなに落ち着いていたのに、私は本当に落ち着かないままでいた。次は落ち着けるだろうか。無理に決まっている。多動なのではない、私の右往左往はブラウン運動だ。大量の原子が高速で四方八方からぶち当たってくる中に暮らしている限り続く本質的な振動だ。その振動のさなかに腰を落ち着けるなんてこと、はずかしくて、できたものではない。

甲斐バンド

山を崩していく作業という感じで日々を過ごしている。いらん摩擦があちこちで生じていて、そのすべてを馬鹿正直にストレスとして受け止めると、大変なので、ほどよく無頓着でいる。たとえばこれは例え話なのだが、職場に「自分のデューティがある日にばかり有給休暇を申請する管理職スタッフ」がいるとして、休暇を好きなときに取れるのは職員の権利なのだから当然だと考えるか、毎回休まれるたびにほかのスタッフにしわよせがいくことに気づいていないことを問題と考えるか、なんとなく、後者の考え方をする人が世の中にはものすごくたくさんいるような気がするのだけれど、ここで前者を選び取って、あとはもうしわよせもなにもかも自分でさっと引き受けて忘れてしまう。そうすることで諍いも足の引っ張り合いもない職場を保ち続けていく。ちなみにこのやりかたは、私が退職した瞬間に破綻するので、結果として長い時間をかけてこの職場をだめにしていっている、と考えることもできる、けれど、そんなことを考える人のほうが世の中には圧倒的にたくさんいる、そんな、人と同じことばかり考えていても生きてる甲斐がねぇんだよォッ(テリーマン)ということなのだと思う。どういうことなのだと思う? わからないけれどそこはなんか寝技的な技術をもちいてねっとりゆっくりと改善していけばいいのではないかと今の私などは考える。思って実行してうまくいって解決、みたいな、中学生にもできる仕事ばかりしていたら、大人として給料をもらう意味がぼやけるではないか。どちらを立てても全部が立たずの場所でそれでもなんとか膝立ちくらいで全体をやりくりしていく謎の出し入れ力みたいなものを胸の奥からダンビラ的にすらりと抜いてなんぼなのではないか。ない。

OncomineとAmoy、どっちを出しますか。コンパクトパネルのほうがいいんじゃないかなあ。でもうちと違ってこの病院はコンパクトパネルをすすめる事務手続きがまだ終わってないんですよね。なんだそうか。だったらシングルプレックス乱れ打ちで出すか。いや、Amoyがいいかなあ。帯に短したぬきの流し素麺だな。なんですかそれは。あげだまを流す。ふにゃふにゃになるからやめろ。御意。

わかりやすいストーリーというのはだいたい金儲けのために構造化されており、途中で参加者たちがダレるタイミング、めんどくさくなるタイミング、うやむやになるタイミング、そういったところで金銭がチャリンチャリン発生するようになっていて、でもめんどうになった人間というのはそれをわかりやすく解消するためになんらかの支払いをものともしなくなるものであり、TikTokShopみたいなものであって、つまり何がいいたいかというと、わかりにくいストーリーを地道に歩んでいくことに心を折らなければ、長い目で見たときにちょっとだけ、悪い人間に金をかすめとられることも減るのではないかな。選挙なんてまさにそういうことだと思うんだよな。とはいえ、人生、何度かは、かすめとられて悔しく思ってそれをバネに跳躍するくらいのほうが、マリオ的な意味でジャンプできてかえってうまくいくのかもしれないね。

実家に届け物があって帰ったらスイカを出されたので食べたらうまかった。文脈まみれの行動だがやっていることはとてもシンプルだ。このようなたどり着きかたをするまでの間に、他人であれば説明しなければいけないことが無限にあるのだけれど、家族であるとそういう途中の話をすっとばせるので、本当はわかりやすいストーリーでもなんでもないんだけれど結果的にやることがシンプルになる。それが家族の効用であり所属することの効用であり、身を預けるということの効用であり甲斐の確保ということなのかなという気がする。

あります

落ち着かナイトプール~~ パシャ パシャ ~~ 

という感じである。ノマド暮らしがはじまって、昨日はバイトの医者が座る仮デスク、今日は本日お休みの嘱託医がふだん座っている奥まったデスク。毎日違った椅子で違った高さからノートPCを見下ろす。頸髄が削られる。昨晩、ひさびさに左腕がしびれた。そのうち治る。

あと3か月続く。

病理診断をするには顕微鏡と、病理診断支援システムの入ったPCが必要だ。これらはいずれも、ひとつのお気に入りを使い続けたほうが効率がよい。それに対して今の私は、あたかも路上ピアノを流しで引きまくっているような状態で、さすがに今のところ腕は落ちていないが機器との相性が毎日リセットされてデバフがかかっている。自然と、病理診断以外の仕事で科のサポートをしていこうという気になる。

病理診断科全体の仕事の流れを見る。どこに負担がかかっているかを確認する。外注の差配か、切り出しのサポートか、会議か、研修医指導か、臨床医の学会準備の手伝いか。診断をほっぽらかしというわけにはもちろんいかない。新任の部長が環境に慣れるまでの間、どうしても診断速度は遅くなるので、滞りそうな部分の仕事をスポットでヘルプできるよう、「いつでも診断はできますよ」の顔で控えている。ただ、着任したばかりの新部長が、知ってはいたけれど思っていた以上に優秀で、あまり仕事を溜め込むようなタイプではない。たぶん1か月もすると、私のやっていた仕事はすべて普通にこなしてくださるだろう。

手持ち無沙汰ではない。しかしどこかざわめいている。

職場に迷惑をかけないことが大前提だが、職場の外の仕事もすすめる。講演や研究会の病理解説のプレゼンを、前倒しに作っていく。9月までのプレゼンは作り終えているのでその先のプレゼン。デュアルモニタがないので仕事の効率はよくない。しかしまあ診断の総量が減っているから、効率がよくなくてもそのまま泥臭くやっていけばトータルではいつもより早くプレゼンができそうだと思う。

放射線技師向けの病理の講演が2つ。臨床検査技師向けの講演が1つ、2つ、CPCのプレゼンが1つ、講習会用のテキストの原稿を2つ、内視鏡医向けのウェブセミナーの講演を1つ、内視鏡医向けの2日連続講演を内容がかぶらないように2つ、医師向けの講演を1つ、その翌日の技師向けの講演を1つ、自分が出席しない会(日程が別のとかぶった)のための病理解説を4つ、研修医向けのプレゼンを1つ、医師向けの講演を1つ、技師向けの講演を1つ、医師向けの講演を1つ、学会主催講習会のプレゼンを2つとテキストを2つ、専攻医向けのプレゼンを1つ。現時点で確定している年内の対外仕事。あとは毎週木曜日の朝にやっているウェブの内視鏡研究会、毎月第2金曜日にやっているウェブの内視鏡研究会、毎月第1水曜日にやっているウェブのX線研究会、毎月第4水曜日にやっているウェブの超音波研究会、3か月に1回程度の内視鏡研究会×2、あたりのプレゼンをその都度作っていく。借り物の顕微鏡で組織写真を撮り、小さなノートPCでちまちま組み合わせていく。

病理医の講演にはちょっとした特徴がある。薬や手術の話をしないし基本的にグラフやデータベースが出てこない。臓器の肉眼像や顕微鏡で見る組織像を組み合わせるのが基本だ。文字で構成したスライドは「どこかに書いて出しておいたほうが便利」なので、プレゼンの中にはさほど入れない。「胃の生検を見るときにはまず弱拡大で全体を見る(ポイント!)」みたいなことは書かない。代わりに用意するのは模式図、解説図。私にもう少しデザインのセンスがあったらもっと見栄えがよくなるんだろうなということを考えなくもないが、しかし、デザインされたスライドでは組織像に無駄な先入観や強調がかかってしまうし、逆に情報を削ぎ落としてしまうこともあるように思う。言語化の向こうにあるテクスチャをそこに残しておこうと思うとあまり写真を「お化粧」してはいけない、と、思う(あくまで意見)。視線誘導は意識するが、それは、視線を故意に誘導してこちらの意図した結論に向けて引っ張ることのないよう、「視線を誘導しすぎないように!」と肝に銘じるためだ。同様に、ライティングとかコピーライティングの技法にも興味があるが、それらを用いて講演をすると「それっぽく聴衆が納得してしまって、逆に本来ならば言外ににじみ出るはずの病理のニュアンスが失われる」のではないかと私は本気で懸念しているので、つまりは名物ライターとか大物アナウンサーとか超絶インフルエンサーの技術みたいなものを「知って、使わず、避ける」ことでようやく病理が求められる・求められる以上の講演になるのではないか、と、思う(あくまで意見)。

理想のかたちの一端にはかこさとしの「ものづくし」的な提示。もう一端には水墨画がある。映画やアニメの画作り的なものが理想になるかというと、おそらく、ならない、病理の講演というのは、それ自身が一本の映画になってしまってはだめで、講演を見た人それぞれが監督となって私の講演という体験をベースに心の中で映画を一本作りたくなるように作るべき、だと、思う(あくまで意見)。

こんなどうでもいいことをずっと考えている。ところで落ち着かナイトプールにはポロリはあるんですか?

酒飲みの理屈にも近いものがある

講演で呼ばれた研究会の交通費・宿泊費・講演料の精算が遅れている。当番世話人から直接電話がかかってきて、「ごめんなさいね! 遅れて! ちょっとばたばたしちゃって!」と悪びれもせずに形ばかりのおわびをされる。申し訳ないことだがああ無能なんだなーと感じる。自分がどれだけばたばたしていたとしても、仕事を頼んだ相手への支払いが遅れたらだめだ。そこはちゃんとしないと。無能なら、開き直るのではなく、自分の無能をきちんと自覚して深く反省してほしい。そういうことをまずは考える。ただ、そこからコンマ数秒遅れて、「人間なんてだめなままでいいんだ」という気持ちが私の負の感情をがばっと覆ってなだめる。だめな人間同士でしょうがねぇなーと言い合うムードに一気に転換してあとはニコニコやっていく。それでいいじゃない。クサクサしなくていいじゃない。ハンドルのあそび。心のバッファ。いい縁をもらったことに感謝し、微妙な仕事環境に目をつぶる。おおらかにあろう。何もかもゆるそう。ここまでで1秒くらいであり、コミュニケーション的に問題となるような遅滞も発生することなく、当番世話人にその場で「問題ありませんよ、気にしないでください」と伝えた。半年くらい念入りに準備した私の仕事は幹部陣からは特に労われるわけでもないし報酬も未払い。しかし参加者からは喜ばれていたようなのでそれでよし。

「社会に出たらそれじゃ通用しないよ」みたいなことを大人はすぐに言うけれど、実際には社会というのはかなりの量のだめ人間によって構成されていて、学生気分でもわりとあちこちで通用する、というか学生気分と大差ない大人がたくさんいる。遅刻ばっかりすると信用されないよ、いい仕事が回ってこないよ、というのもウソ。納期を守らないと切られる、とか、礼儀を欠くと関係性も欠ける、みたいな話も、部分的にはそうなのかもしれないけれど世のすべてがそうなわけではないのでやっぱりウソ。朝三暮四は世の常。恒常的平衡よりも非平衡定常状態が生命の掟。メールでまともに敬語が使えない大人も礼の心は持っている。後輩にハラスメント的物言いしかできない大人も労りの心は持っている。学歴も年収も地位も名誉も一切関係なく、世の中はどこか抜けていてどこか破綻した人間で満ち溢れていて、だから、つまり、だめで無能な人間が自分の仕事に関わったからといって、そんなに、いちいち気に病むことはない。

ただし、そういう無礼で無能な人間から選ばれて仕事をしている自分のことは、ちょっとだけ嫌いになったりもする。



完璧主義者を名乗る人間ほど幼若なものだ。体験的にそういうのが身にしみる。だからだろうか、かえって、不完全であることを過剰に庇護しようとしてしまっていることは否めない。寛容であろうとするばかりにセキュリティがザルになるということはあるだろう。慈悲をもって眺めていたら小悪党がはびこるということもあるだろう。なにごとも過ぎたるは及ばざるがごとし。きっと私は、完璧に周りを御するべく動く自分が嫌いすぎて、逆に周りがなにをしても無関心な方向にちょっと舵を切りすぎた。もうすこし、粛々と、しめてかかってもいいのかもしれないな、と思う。でもまあもうめんどくせえんだよな。人は人、我は我、それでも仲良し。

ずぼらの運

見知らぬ番号から電話がかかってきたときにまずすることは、Googleでその番号を検索することだ。いくつかのサイトで詐欺電話やスパム電話の登録が行われていて、発信元の国がわかったり、口コミ掲示板的に不動産の詐欺だとか電話契約の詐欺だとかを教えてもらえたりする。その電話番号がこれまでに何回検索されたかなども確認することができる。詐欺系の電話は人々に検索される回数が多いので、何十回・何百回と検索されているような携帯電話番号というのは、たとえ口コミが投稿されていなくても、なんとなくクロだろうなと察することができる。

とはいえプログラムによる自動検索なども行われている可能性はあるのだが、あるとき、ためしに自分の携帯番号を検索してみたら「過去に検索された回数:0」と表示されたので、やはり普通の個人の番号などはそうそう検索されることはないのだろう。

もうずいぶん前の話になるが、ある場所での仕事でいあわせたある人から、後日職場にレターパックで小さな荷物が届いたことがあった。その方とは初対面だったし会話も短時間だったし、さほど好印象を与えたとも思えなかったので、いきなりの荷物とはちょっと驚くが、なるほど仕事相手全員にお手紙など書かれるタイプなのかもなと、若干のよろこび、そして無視できないほどのとまどいを感じながら開封。そこにはデスクで使える小さな文具が入っており、距離感の保たれた手紙も入っていて、極めて常識的な内容ではあったが、問題はレターパックの差出人の欄である。住所と電話番号が書かれていた。こういうのは危なくないのだろうか、仮にも有名人なのに。あるいは仕事場や秘書などの住所・電話番号なのかもしれない。礼儀にのっとってお返事などすべきだったのだろうが、いつもならば返信のためにファイリングしておくはずのレターパックの表書きをなくしてしまって、それっきり何年も忘れていた。



時は流れた。あるとき私は思い立って、古い研究ファイルや診療関連書類をごっそり整理することにした。たまり続けるクリアフォルダ類の多くは資料として保管しているわけだが、20年前ならいざ知らず、これらのほとんどすべては電子ファイルにスキャンしたり内容をデータシートにまとめ終わったりしたものばかりで、紙を残しておく意味はじつはあまりない。場所ばかり取るのでえいやっと処分するべきである。一連の経緯をわかっている私が私の代で処分しないと後任も困るだろう。個人情報まみれの書類、確実にシュレッダーして焼却処分しなければいけない。これがリングファイルだったらリングをはずせば一気にばさっと書類を段ボールの中に放り込めるのだけれど、クリアフォルダだと透明なフォルダの中からひとつひとつ書類を抜き出してシュレッダー行き箱の中に重ねていかなければならくて、じつに、無限に時間がかかるのでしばらく放置していたがさすがに限界である。ホチキスは外さなくていいらしいのだがクリップは外したほうがいいと言われたことにも閉口しながら、重い腰を上げて毎日ちまちまと書類の整理をはじめた。手汗と指紋を失いながら作業を続けていく途中に、「それ」を見つけた。

あのときなくしたレターパックの表書きが紛れていた。

ある意味ヒヤリハット案件だ。大事な書類をこんなふうに紛れ込ませてしまったら、もしこれが診断に関係のある書類だったら、本当におおごとで、医療安全がらみの委員会に何枚も書類を提出して再発防止のための委員会で釈明しなければいけない。「ミスは本人の責任ではなくてシステムの責任」なのだが、そのシステムを作り変えるのは結局人間であり、そのシステムでミスをした人間の体験こそがシステムの改修においては重要になってくるので結局個人に負わされる責は小さくはならない。ただまあ、これが、「ぎりぎりまだ他人から送られてきた贈り物の差出人欄」であったからよかった。まず私は素直に安堵して、そして、だから少し気が緩んだ。

そこに相変わらず書かれている電話番号と住所を見て、私は思った。あらためて礼状でも出すか、と。そこまでの関係でもないので無視してもよかった。しかし、なんというか気が咎めた。「住所の書かれた紙を即座になくしましたがこのたび出てきたので」と言い訳を書いて送るくらいのことはしてもよいだろう……。

レターパックライトを買ってきて、宛名を書き写す。そこで何の気なしに書かれていた電話番号を検索する。

アクセス回数 54回 とあった。

そんなことがあるだろうか。

私と同じようにいぶかしんだ人間の数、と考えてよいものかはわからない。同じ人間が執拗に検索を繰り返しているということもありえる。それにしてもだ。

これは、なにかの「手口」なのかもしれないという思いが土踏まずのあたりからにじり上がってきた。そして、当時の私はおそらくこの「手口」に引っかかっていたはずだ、たまたま、私がレターパックの表書きの部分をなくしていたからスルーしたというだけだ。



ここまで考えて苦笑した。仕事相手に対して律儀に礼状を送るだけの人から、実在の確定していない悪意を勝手に読み取って右往左往している私はなんとも失礼な人間だ。礼状は書こう。住所をなくしたがこのたび出てきたと、正直に書いて送ろう。あるいはもうとっくにこの住所には住んでいないということもあるだろうが――

住所。




Googleで住所を検索するべきかどうかについては悩んだ。デリカシーがなさすぎる気もした。しかし、電話番号を検索された回数の不自然さに、私はまだ引っかかっていた。

検索をすると不動産会社のページがいくつか出てきた。架空の住所ではなく実際に存在する住宅のようだ。レターパックには部屋番号が書いていないので、てっきり戸建ての住宅かと思ったが、どうやらアパートのようである。ページを見に行くとそこには「1K」の文字が踊っていた。1K。

いくつか考えられる可能性はあった。善意の結果なのかもしれないとは思った。しかしまあ、もう、いいかなと感じた。旅先で求めた絵葉書の裏に書いた礼状をレターパックから取り出して、シュレッダー行きの箱に投げ込み、住所まで書き終えていたレターパックも処分した。手遅れの不義理のしっぺ返しのようにも思えたし、ずぼらの呼び込んだ運と呼ぶには少々ねじくりまがった話だなとも思えた。Google mapを見るとアパートのそばにはうまそうな飯屋がぽつりぽつりとあり、緑地などもあってだいぶ環境は良さそうで、このアパートにはなぜか座敷わらしが住んでいそうだなと思ったが、その連想の理由は因果の先にはない。





※現在は、ストーカーから職場に荷物を送りつけられることを防ぐため、事前に私が申し入れていない荷物は病院のほうで受け取らないようにしてもらっている。荷物を送られても私のもとに届かないし、仮に届いたとしても、もう電話や住所を検索するつもりもない。

それってSNSのせいなんじゃないのかというオチはありだと思います

古い書類をばんばん捨てていて、えっそんな記念のものまで捨てちゃうの、と見る人が見ればびっくりするだろうし、故人の私信なども平気で捨ててしまっているので、なんとなく私には人の心がないなと思う。しかしそれでも捨てられないものというのはいくつかあって、やはり亡くなった恩師のひとりが最後にくれた手紙(おそらく本人は最後とは思っていなかったはずの手紙)はさすがに残しておいている。でもまあそれくらいだ。今に至るまで関係を更新し続けている人の古い手紙は基本的に捨てた。とっておいてもおそらく次に目にするのはまた18年後だ、そのときに捨てるくらいなら、今捨てておいたほうがいい。捨てる作業は心に負担をかける。47歳の私でこれだ、65歳の私なら耐えられないのではないか。将来の自分のために今の私が悪役になっておこうと思った。捨てに捨てる。気持ちよくはない。すっきりはしない。少しずつ心と指紋がかすれて消えていく。

幾人かの後輩の、結婚式の披露宴の、席次の紙なども出てきて、昔の私は今よりはるかにこうやっていろいろ大事に持っていたのだなあということを、ふわふわと考えながら捨てていく。後味の悪い映画を見たときのような唾液腺の苦みを感じる。


時間差でぐっと来たのは編集者たちの手紙の多さだ。一筆箋、メモ用紙のようなものが無数に出てくる。それもひとりやふたりではない。これまでに仕事を依頼してくれて、私が今も名前を思い出せる編集者たちは、みな本当に筆まめだった。そのことにあらためて気づいた。メールだって無数にやりとりしていたのに、それに加えて手書きの小さな一行がわらわらめりめり出てくる、こんなにあったのか。「手書きの文章は執筆者にやる気を与えるからおすすめ」のような編集者ライフハックがあるのはたぶん事実だと思うけれども、それにしてもこの量というのは、すごい、あらためてびっくりした。若いころの私は、医師や診療放射線技師や臨床検査技師から病理のしごとを依頼されるたびに、写真を取ってパワポに組んで送るだけではなく、いちいち手紙を書いて添えて渡していたのだが(じつは今もそれなりにやるがさすがにメールが多くなった)、おそらく私がその手紙方式にこだわっていた理由は、なるほど編集者たちの影響だったのだなと、今更ながらに腑に落ちた。これをやられて意気に感じないほうがおかしいし、影響を受けて自分もだれかにそういう気持ちになってもらおうと思わないならうそである。

ただまあ私はけっしてよい育ち方をしたわけではない。たまたま編集者たちにいい影響をもらったことはありがたかったがほかはそんなにまともな人間性とは言えないだろう。

20代、30代のじぶんの振る舞いをふりかえる。書類をみるとなんとなく当時の私がどうだったかというのが紙と紙のはざまの影から立ち上ってくる。30代の半ばくらいから、本当に私は周りをシャットアウトしはじめていた、そのあたりで私のもとに届く手紙類が一気に少なくなるし内容も明らかに硬質になる。実際に手紙が届いていないというよりも、あるいはこのころから私が届いたものをファイルしなくなったのかもしれないが、それにしても雰囲気がどすんと重くなる。その延長に今の私がいる。だからこういうありさまになっている。熱風吹き付ける砂漠帯を通過して表情が険しくなったキャラバンのようだ。この、30代の半ばくらいの、異常乾燥的な転換、がもしなかったとしたら、はたして今の私の周りにはどれだけの人がいたのだろうか。そんな想像は詮無きことだ。しかし。推測だが、たぶんそんなに人間関係の実数としては変わらなかっただろう、ただ、顔が思い浮かぶ人の数は今より多くなっていたようにも思う。

今の私は顔のわからない知人がけっこういる。というか顔が覚えられなくなっている。会ったことがあるかないかには関係がない。2, 3度会ったくらいだともう忘れてしまう。そして私は今やたいていの人には2, 3度くらいしか会わない。カラッカラの記憶装置。30代なかばの行動によって研ぎ澄まされた、関係の断捨離、一時記憶から長期記憶への回路を仕分けした感覚。当時の私がもう少し社会や世界に対して粘性を保とうと思っていたら、今の私ももうちょっと、顔面を記憶できていたのかもしれない。古い友人の顔も忘れてしまいそうだ。忘れてしまうだろう。さみしい老後が待っている。しかし、ひとつ、ありがたいこともあって、私はどうも、顔が思い出せない相手のことを、親身に思うことがそんなに苦ではない。

執意ハンター

大学院を出てすぐ今の病院にやってきた。半年だけ築地の病院で任意研修をしたから実際に赴任したのは10月1日。2007年10月1日。それからぴったり18年勤務してつぎの10月1日から私は別の場所で働くことになる。7月1日からは後任の主任部長にデスクをあけわたして3か月ほどかけて引き継ぎを行う、そのためにデスク周りにあるさまざまな物品を整理して一部は次の職場に送りつけている。病理部のデスクの片付けは7月までには終わらないだろう、なので、先に医局の個人ブースの片付けをすませて、そっちに病理部の荷物を運んで、ピストン輸送的に跡を濁さずやっていくつもりである。

医局の本棚に18年間挿しっぱなしだった古いクリアファイル・リングファイルが20冊ほどある。昨日はこれらを捨てた。かつて大学院時代に病理診断の修行をしていたころ、自分が診断をつけた症例の診断文と所見の部分をコピーしてファイリングしたもので、いまほどITの力を借りずに手作業でちまちま集めたものがたくさんある。これは修業時代の残滓というやつで思い入れもあったのだが、もはや開くこともないだろうと思いこの際全部捨てることにした。個人情報は消去済みとはいえいずれも診断にかかわるものだ、病院以外で処分することはできず、医療関連の書類といっしょに裁断して廃棄する。だからけっこう手間がかかる。人に任せることはしない、私には秘書も部下もいないので自分でやるしかない。時間外だが労働とはいえない、真の意味での自己研鑽的な時間でやっていくことになる。過去の自分が残したものを捨てることほどに自己を研鑽する行為があるだろうか?

20代の私が書いたメモ書きがしょっちゅう挟まっている。今よりはるかに字がきれいだ、というか、文字が四角く書かれていて縦横の軸もしっかり守られていて、なるほど私は歳を取るごとに字がどんどん汚くなっているのだなということを少しさみしく思う。センチメンタルな脳とは裏腹に手は次々と目の前のファイルからルーズリーフをはぎとっていき、医局事務員からもらった段ボールに容赦なく詰め込んでいく。学生時代に勉強した生化学、薬理学、内科診断学のノートなどもいくつか紛れ込んでいる。これらは大学院入学時に大半捨てたはずだったが、当時の私がなんらかの哀愁を覚えて取っておいたものであろう、この際、捨てる。誰が見てもノートでしかないもの、学びも悦びもない、私が湿っぽい気持ちを向けなければただの古ぼけた紙の束だ。

着々と捨てていく。ファイリングしてある書類の1/6くらいが診断関連で、残りはすべて実験ノートだった。ここに実験ノートがたくさんある、というのが、今ではじつは考えられないことで、昔のおおらかさを感じる。昨今、大学院とか研究所というのは、実験ノートの類は外に持ち出してはならず10年以上は保存していつでも証拠として提出できるように厳重管理していなければいけない。でもこれらはなにせ18年以上前のものだ。今ほど規定がはっきり存在しなかったころのものだし、加えて言えば、これらの実験はひとつとしてまともな論文にならなかったのだから、今更おとがめも何もないだろう。日付と共に淡々と記されたプライマーの設計、制限酵素のメモ、電気泳動のバンドを撮影した写真、タイムラプスの計測結果、今読み返してももはや、情が通っておらず報ずる価値もない無機質な記号のかたまり、一束一束、撫でながら廃棄。粛々と段ボール。夜討ち朝駆け膨大な時間の浪費の証拠、なにも成し遂げなかった大学院博士課程、ずっと引け目に感じ続けた屈曲の歴史、私が医局のデスクにひそかに保存し続けてきたもの、全部捨てる。

引け目が失われたわけではない。さっぱりしてもう振り返らないと決めたわけではない。ただ摩耗した。口論、こだわり、いきり、ひねくれ、鬱屈、それなりに長い時間の中で、私の肌からじわりとしみこみ真皮表層のエラスティック・ファイバーに混ざって硬化して、皺となって刻まれてびまん性に全身を覆っている。もはや取り出すことも紫外線でほぐすこともできなくなった加齢の痕跡、私はそれらの歴史と一体化して、重ね重ねの新陳代謝ですべてがとろけてうるかされて、非分離となった。

紙は捨てる。忘れることはなく、思い出すこともない。それは過去を捨てることなくしまいこむこともなく現在の一部に矮小化して特権を剥奪することに等しい。紙を捨てる。何もかも捨てるわけではない。あっさりとしている。じっとりと裏側にこびりついたものがすでにあるから象徴としての紙を捨てる。偶像としての紙を捨てる。

古い写真もいくつか出てきた。自著の著者贈呈分は捨てるのもへんかと思って研修医室に寄贈、迷惑な先輩だなと思って少しおかしい。研修医や見学の学生たちがメルカリにでも売るならそれでいいだろう。いちど通読したっきりの医学書や、なぜか医局においてあったあまりおもしろくない小説の類、売ったり捨てたりする判断をひとつひとつくだしていくほどの時間と興味が私にはなくて、ひとまず記憶にある医学書は寄贈、今の今まで忘れていた本は廃棄とする。自宅の本棚も非常に小さくてこれ以上なにも入らない。私はそもそも本棚を使うのがへたくそだ。ここにある本たちにしても、ただあっただけ、並べていただけ、私に見返られも振り返られもしなかったものばかり、急に燃えて消えたとして誰がとがめることもないものばかり、もちろん、若い医者たちが当直のひまつぶしに読んで楽しい本ならば残していくのもいいが、しかしもはやそういう時代でもないような気がする。誰かにさらに20年後に捨てるか捨てないかを私の代わりに迷ってもらうような押しつけは迷惑だろう。インターネットで見つけた一時的にブームとなった本の多くはブックオフで売ってもいいがそこまで運ぶときに傷めた腰の治療費が本の売却値を上回ることだろうから捨てる。こんな人が一時期バズったな、こういう本の感想を表面だけ飛ばしまくって楽しかったな、8ミリビデオを見るような気持ちで本を捨てる。

古いPCが出てきた。水に沈めて捨てればいいんですかと医局事務員に聞くと、震災のあとに復活したPCもあったくらいなんで水ではだめです、ハンマーとか用いて物理破壊が一番です、というので、この事務員が槇村香のハンマーでPCを殴っている風景を想像しながらひとまず保留とする。異動先の本棚の一角に古いPCを飾るだけのノスタルジーを私は持ち合わせているだろうか? もはやウェブアーカイブスにも残っていない、私が大学生のころに作っていたホームページのデータはこのPCには残っているのだろうか? 実験ノートすら捨てた私もさすがにいにしえのVAIOを見て手が止まる、思い余ってラップトップのモニタを開ける、キーのへりというへりが変色していることに苦笑して、ハンマーの調達のことを考える。

集中準備

集中の底にたどりつく前に次の集中を求められる感じで、ドプラのAモードみたいにどくんどくん浅瀬で上下していて、仕事という仕事からいまいち達成感がにじみ出てこない。ひとつひとつは求められるクオリティには達していると思うのだが、プラスアルファの、期待を超えるような何かがなかなか出てこない。8割方完成した後抄録の原稿を、読み直してもまるでAIが書いたかのようで、印象が平面的でざらつきがなく、おどろきもなく、この文章を読んだ誰かが読んでよかったと思えるレベルに達していない。必要なことはすべて書いてある。箇条書きなら全項目を埋めている。でも、それだけだ。集計で楽をするために自由記載をやめたアンケートに答えているような感じ。よくない傾向だと思う。だから少し、さぼる必要がある。本当は今がもっとも、自分のできる最高の仕事に対しての「さぼり」になっているのだ、だから、一番やってはいけないさぼりを回避するために、それ以外のたくさんのデューティを、さぼる。それが必要なのだと思う。

連載を終わらせる。研究会の依頼を断る。長年の付き合いで引き受けた病理解説の仕事。先輩を楽にするために請け負った仕事。あれもこれも、異動を理由に断っていく。中学校時代の同級生に誘われてはじめたゴルフをやめる。TLの評判だけで見に行ってみてもいいかなと思っていた映画を見に行くのをやめる。さぼっていく。着々と。ブリンカーを装着して横をみられないようにする。シャドーロールを装着して下をみられないようにする。集中するしかない状況をつくりだす。そうでもしないと、私はもう、浅いよろこびにひたっているうちに人生を通り過ぎてしまうだろう。



ジークアクスの放送が終わった翌日にTLを眺めてみた。アフタヌーンの話をしている人が誰もいなかった。しかしそれはアフタヌーンにとっては運が悪かったなと思う、なにせ、今回のアフタヌーンはとてもよかった。ここ数回で一番よかったフラジャイルはもちろんのこと、ブルーピリオド、スキップとローファー、ワンダンスなど、多くのマンガがある種の頂点を迎えていて、今月号はなんだかすごくあたりの号だった。

いい作品はみな、作者の過剰な集中によってつくられている。始終がちがちに緊張しているわけではないが、必ずどこかに「異常な密度のなにものか」が存在していて、うわっこれどうやって作ったんだよ、と人に思わせる。アフタヌーンの今月号にはそういう類の作品が多かった。すごい話だよなと思う。

働き方を常時改革していては絶対に達成できないなにものかがある。人の人らしい暮らしからは生まれ出ることのないなにものか。ワーカホリックという言葉、1970年代前半に産まれたそうだが、いまだにそんな古い言葉で人の働き方をしばったり揶揄したりしているということに疑問を持つべきなのだろう。猛烈に働かないで人の心を動かすものができてくるわけがない。私は今、とにかくそういう気持ちでいっぱいだ。そして、だから、始終気が散って集中しきれないでいる自分に、少しがっかりしている。アニメも見てマンガも見てSNSでもやってそれで聴衆に感動してもらえるような学術講演を作れるわけがないのだ。ガンダムも終わったからそろそろ私はきちんと集中できる部屋に戻らなければいけない。まあ、ここまできたら、ラザロの最終回とアポカリプスホテルの最終回を見てからにするのだが……。

倍率と役割

段ボールってどのへんが段なのかと思ったら切り口を斜めにみたときに階段みたいに見えるから段ボールなのか。なるほどな。あんまりその拡大倍率で考えてなかったな。倉庫で積み上がった段ボールが階段状になっていることがあるけど単発だと別に段ではないよね、とか思っていた。命名の現場での開発者の目と、ユーザーとしての私の目、対象との距離がそれぞれ違うからぱっと思いつかなかった。ほどよく見える距離感というものはわりと重要だと思う。『宙に参る』の中で、暮石ハトスがアディさんのジャケ写と同じ場所で写真を撮ろうとしたときに、そこにいたシヤに「もう三歩後ろです」みたいなことを言われるシーンがあるのだけれど、あれといっしょだ。一番いい写真のためには左右とか上下とか角度の調整だけではなく距離の調整も必要である。このようなことをときに考えながら、細胞を見る。


大学にはいくつか、学生の参加する勉強会がある。全部は知らないがいくつかは知っているし、自分も学生の頃に出たことがある。中でもとりわけ思い入れがあるのは、朝、授業のはじまる前に病理学講座に集まって、教授がポケットマネーで用意したボストンベイクのサンドイッチなどを食べつつ、Robbins Pathologic Basis of Diseaseという病理学の基礎的な教科書を読むというものだ。当番の学生が音読して翻訳をし、ときどき教授が短くコメントを挟む。やっていることは英語の本をみんなで読んでいるだけとはいえ、歴史のある成書の持つ力はさすがで、けっこう勉強になる。通称「おはようロビンス」という勉強会。前の教授の時代からたしか40年くらい続いている。ふだんは学生と教授でやっているが、まれに私のような部外者がゲストとして出場を求められることがあり、今回はWebで参加した。2年ぶりくらいだったろう。

今、学生たちが読んでいるところは「食道」。勉強会の最後の5分くらいで、なにか食道の実際の症例を提示してくれないかと頼まれた。事前に2例ほど用意してみたのだが、いざ勉強会がはじまってみると、事前に用意した症例とは少し違うジャンルのことをやっていたので、勉強会の最中に症例を差し替えた。ある限定的な状況下で発生する食道癌の一例。内視鏡で発見するときのコツ・難しさから、病理医がプレパラートにして見るときの「見え方の感覚」、そして病理診断を内視鏡医にフィードバックしたあとに内視鏡医がなにを考えるか、みたいな話を4分強で話す。

学生だからなにもしらない。ただし専門用語をあとでAIにたずねるくらいのことはやってくれるだろう。そう信じてその場でかんたんになりすぎない程度の説明をしている最中、ふと、私がこの病理写真をみて細胞を説明するときの「細胞との距離感」と、学生がZoom越しに提示されたパワポの写真を見て細胞のようすを判断するときの「細胞との距離感」は違うのだろうということを考えた。モニタのサイズが違うとかいう話ではなくて、私と学生とでは、細胞を理解するために最適なレンズの拡大倍率が違うはずだ。

私は細胞をみながら、核の中で起こっているであろう遺伝子の変化が細胞の配列にどう影響するか、細胞ひとつひとつにどう影響するかというのをなるべく細かく判断できるように、目線を動かしつつ、その領域の専門的な知識を、ブラウザに一時的なプラグインをインストールするイメージで視野内の情報にオーバーラップさせて複合的に知覚をする。見たものだけで考えるのではなくて見えそうなもの、見えたら困るものなどを脳から引き出してきて照合しながら、外界の情報と内部の情報との差分をとりつつ(これは簡単)、ほぼ一致しているんだけどじつは違うかもという違和に気を配る(これが難しい)。このとき、プラグインがもっとも切れ味よく働くのが、最大に拡大した倍率ではなくて、むしろ少し「引き」でみた倍率になる。私だけかもしれない。しかしなんとなくだが熟達した病理医もそういうレンズの設定を好むように感じる。

一方、プラグインをまだ持たない人間が、この細胞を見てもっとも情報をたくさん拾えるのは、おそらくは最強拡大の画像ではないかと思う。もしそうだとすると、今私がこうして、「接写しきっていない倍率の写真」ばかりを提示して説明していることには、若干の隔靴掻痒感があるかもしれない。そんなことをしゃべっている最中にふわふわ考えていた。でもまあ、学生のときに目にする中年医師などというものは、手取り足取りやさしくなんでも教えてくれるよりは、なんというか、四半世紀の年の差によって埋まらない溝があるけどなんとか同じ世界で共存しようとしている、その努力だけは見えるけどでもやっぱこのおっさん何言ってんだかわっかんねぇな、くらいがちょうどいいようにも思う。


いいわけを言っていいわけがない

イリタリー・ボウエル・シンドロームと書くとSF奇譚みがあってすごいのだが、要は過敏性腸症候群(IBS)である。子どものころからだからもはや40年くらいの付き合いになる、腸の気まぐれ、対処法はわりと身についていて、朝は出勤とか出張の前にいったん腸を動かしておかないと移動の最中に腸が動き出してめんどうなことになるというのを知っていてそれに備えておけばよい。「腸がいらんタイミングで動いたところで心臓が止まるわけではない」というところまであきらめてしまうとかえってリラックスして腸がぐんぐん動いてよくない、コツとしては、「さあ!これからキリキリ働くぞ!」と、しっかり交感神経系をぶち上げて腸をストップさせることが望ましい。ただしこれをやると毎朝血圧が高めに出てくるので降圧は欠かせない。あちらを立てればこちらが立たず、いったん安定に入ったアロスタシスは、インプットを微妙に調整してもなかなか別のプラトーには入ってくれなくて、複雑系を御するというのはかくもままならないものである。

出したくないタイミングで出そうになるという意味では腸よりも横隔膜のほうがやや深刻だ。ちかごろ本当にプレゼンが時間通りに終わらない。20分の講演が24分になる。残り30秒でまとめてくださいと言われると70秒しゃべってしまう。脳のなんらかの機能不全を心配するし私はこういうところが社会的にかなり劣っているなと感じる。8時半に出社すればいいのに6時には働き始めていないと落ち着かない、みたいなのも、シチュエーションは違うしもたらす効果や周囲への影響も別物ではあるが本質的には同じことなのかなと思う。世の規範であるところの絶対的な時間・時刻を軽視している点が私の大弱点で、矯正しようと思ってもなかなか治らない。「やるだけですよ。やるだけなんだから。しのごの言わずにやるんですよ」と、たくさんの人が、言わないまでも思っていると思う。そんな無言のメッセージはこちとら当事者なのでこれまでも大量に浴びまくっているのだからもうわかる。しかしだめなのだ。できない。90分以内になにかを書いてくださいと言われるようなシチュエーション(例:受験)であれば、単純に「ならば60分で書こう」とやれば65分くらいで書き上がるのだが、人様のためになにかをしゃべる60分に対しては「ならば45分で終わるような内容でいこう」とならない。ここをつまびらかにすると、「時間通りに終えることで結果的に私が低く見られることはいいのだが、時間通りに終えることで結果的に聴衆がもったいないことになるかと思うとがまんできない」のである。うーんひどい。理屈のようだが道理になっていない。時間通りのほうがたぶんいいのに。それができない。簡単なことなのに。少なめに出せばいいのに。テイクホームメッセージは1個でいいのに。AIに聞くまでもなく平成のころから言われている鉄則なのに。知っているしわかっている。筋も見えている。それでも、それをやらない。やはりなんらかの障害なのだろう。落ち込む日もある。けっこうある。

さて、ちかごろの社会がいうように、そういう自分を「許して」「それも大丈夫だよと認めて」「そういうあなたを受け入れない社会のほうがバリアなんだよと背中を押す」かというと。

ちょっとそういうのも違うんじゃないかなという気がする。これは別にほかの障害とか不全とかに対する社会の取り組みを揶揄したくて言っているわけでは全くなくて、そこはぜひご理解いただきたいのだけれど、この私がこの私の状況に対して許可を与えるのはほかとはぜんぜん違うのだ。それはまるでだめなんじゃないか。おそらく私はパニッシュメントを与えられながら苦しくうごめいていくことをわりと上げ潮気味に求めているしそれを受け入れなければダメ人間として本当にダメなところまで落ち込んでしまう。「なんで時間通りにできないんだ、だめだなあ」が社会から与えられたほうがいいのだ、そうでないと、おそらく私は仕事を続けていくうえでの交感神経と副交感神経のバランスが保てない。いや、これも違うか、そういう「いい意味での効用があるから必要悪として」だめであり続けたいというのも違う。そうでもない。そうではなくて、私はだめな人間のままそれでも仕事でなんとかぎりぎり社会とつながっているが、これだけだめなのだから仕事の中心部分がだめになったらいよいよ切られるぞという恐怖を浴びてなんぼだ、と感じている。自分がそういうものであるということをちゃんと悲しく受け止めていないとろくなことにならない。

こうなんだからこうあればいい、そのためにはこうすればいい、みたいな議論がつまんなくてしょうがない。いや、うん、つまるつまんないの問題ではないのだが、それができたら苦労しねーよというか、苦労しないで生きていられねぇよというか、しかし開き直りたいわけでもなくて、謝罪しながらできることだけやってそれに対して怒られるのはもう受け入れるしそれでもがんばるわ、みたいな話がたくさんある。そういうポンコツな実践をかくと「しっかりしている人」には本当にけっこうな頻度で怒られる。そうやって怒ってくる人が私より仕事をしていることはそこまで多くはない。しかしまれに私より仕事をしている人が私よりしっかりしていることもあって、そういうのを見ると、やはりこれは罰でしかなくて、なにかをトレードオフで得ているとか必要悪とかそういった、道理に沿ったものではぜんぜんないんだよなと肩を落とす。