回答は別冊に掲載

優秀な病理医と話しているときにふと脳裏をかすめるのは、「私ではなくこの人があの症例やあの症例を診断していたら、2秒早く診断にたどり着いたのだろう」という引け目。

無数の2秒のずれが現場にもたらす影響は大きい。

私はあと2秒ずつ早く診断できる病理医になりたい。

そして、一連の思考はおそらく、私が無意識に目をそらしているもっと大きな恐怖から我が身を守るための防衛シークエンスである。

「もっと早く診断できたろうな」という悔やみは代替的なものだ。

私はより大きな引け目を抑圧している。それはおそらくこういうものである。



「この人ではなく私が診断したことで、これまでに何度まちがった診断が出たのだろうか」



所見の不足。理解の浅さ。示唆の弱さ。誤診。

本当は誤診があったのかもしれないという推測は体を硬くする。この恐怖と直面することを避けるために、私はあえて「診断の速さ」という別の尺度を前景化させているのではないかと思う。



念のために書いておくが、そもそも病理診断において、A病をB病と誤って診断するような誤診はめったに起こらない。私だけでなくどんな病理医であっても。

なぜなら、病理診断という仕事は、どでかい検査前確率に守られている「後ろに控える部門」であるからだ。病理診断はその9割くらいが「すでに臨床医が診断したものを確認する」という目的で行われる。したがって、「そもそも言われたとおりに動いていればたいてい正診できる」のである。それにもし、病理診断で病名を大幅にまちがえたとしても、ほとんどのケースで臨床医がその診断に対して違和感を持ち、病理医に見直しを依頼するから、結果的に「A病をB病と間違うタイプの病理学的誤診」によって、患者の診療がおおきくずれてしまうことはない。

しかし、誤診という言葉を、「小さな見逃し」のような意味にまで拡張するとどうか。

残念なことだが、それはおそらく全国の病理診断現場で今日も起こっている。

小さな異常細胞。軽微な形態学的変化。マニアックな所見。これらはときに見逃され、ときに書き忘れられ、あるときには「そういう異常がある」ということ自体を認識されていない。

もっとも、20年前の胃生検では自己免疫性胃炎を指摘できた人が国内外にほとんど存在できなかったわけで、病理診断というものは時を経てふりかえると、いつも多くのものを「見逃している」部門でもある。「これが異常だということを知らなかった」というのはある意味、その時点の科学の限界を複写したものであったりもする。

しかし、そういう言葉遊びではなしに。

私はときどき何かを見逃しているのではないかと思い起こすことは強烈に怖い。

提出された4個のリンパ節のどれかに潜んだ小葉癌の転移細胞1つを見逃しているのではないか。

骨髄のすみっこの血管ひとつに紛れ込んでいたリンパ腫細胞を見逃しているのではないか。

肉芽腫を、アポトーシスを、封入体を、菌叢を、目で見ていたのに脳で見ていなかったということはないか。

あの優秀な病理医であれば見逃さなかった細胞を、私が見たばっかりにチェックできていなかった瞬間が、これまでになかったと言えるだろうか。




顕微鏡をみる検査がいまだに医療行為の中に組み込まれているというのはなぜか。ビッグデータや機械学習を用いてそんな面倒な検査を省略できないものか。

残念ながらなかなかそうはならない。ミクロでしか気付けない差異が患者の今後に影響するシーンが、たくさん存在するからだ。

臨床医がいくら精度の高い診断をしていても、病理医が細胞1つの異常を見極めるか否かで診療の結果ががらりと変わる。そういうことは低確率で存在する。

低確率というのがポイントだ。めったにないということは経験する頻度が低いということである。何度も何度も遭遇していれば、誰だってそのおかしさに気づけるから見逃しも誤判定も減る。しかし、めったに遭遇できない軽微な異常に気づけるかどうかはひとえに病理医の能力と努力にかかっている。

「個人の能力と努力」に負わせるほど人の命は軽くない。だから本当はシステムで守りたい。誰かが見逃しても別の誰かがそれを拾い上げるような。病理がわからなくてもほかの検査でなんとかすくい上げられるような。

しかしこの話はどうどうめぐりだ。どれだけシステムを整えても、どれだけほかの検査が優秀になっても、ごくまれに、ごく一握りの、ごく特殊な病態においては、やっぱり、「ここぞというタイミングでたまたまそこにいる病理医が見つけてくれるかどうか」によって、その後の展開が左右される。




ちなみにほとんどの病理医は誤診の経験がない。なぜか。

病理医だけが気づけるくらいの微細な異常が見逃されるとき、「あ、あなた、見逃しましたよ」と指摘できる部門がほかにないからだ。誤診の経験がないのではない。正確には、「誤診を誤診だよと教えてもらえることがない」のである。

「病理医が見逃したこと」を指摘できる立場がまったくないかというと、そんなことはない。ひとつは「ほかの病理医」。もうひとつは「将来の結果」。

ほかの病理医が仕事をチェックして、「あっここ見逃しているよ」とやれば、誤診には気づける。しかしふたりとも見逃すような軽微な異常があったらどうか? その誤診には誰も気づけない。

病理医が何かを見逃した結果、患者の病態がどんどん悪くなって、おかしいぞと振り返ってみたら過去の検査の中に異常がまぎれていたとする。未来の結果からふりかえって過去の間違いに気づくというパターンはありえる。しかし、未来なんてものはいつも複雑だ。結果は複数の要因によっていかようにも変わりうる。「あそこであの病理診断がまちがっていたせいで」なんて、結論できることのほうが少ない。




80を越えてもなお診断の現場に立っているような高齢の病理医は、(私の観測範囲に限っての話かともおもうが)たいてい70代のうちに一度は帯状疱疹になっている。あれは痛い、痛いんだ、と口々にいう。しばらく診断を休み、また戻ってくる。戻ってこられるのがすごいとも思うが、復帰したての病理医のひとりに話を聞いたとき、「体力がなくなってくると、自分が誤診しそうな瞬間に気付けなくなるから、危なくて診断できない」と言っていたのが印象的だった。

自分よりはるかに先に行っている病理医たちも毎日誤診のことを思いながら診断をしている。日々、あれもこれも見逃しているのではないかという恐怖に追われながら診断をしている。自分のこのままそうでありつづけなければいけないのだなという、30年後の答え合わせを見せられているような気になる。

令和を生き抜きそうにない憩い

昔行ってた漫画喫茶がつぶれた、と言って悲しむ男に、それってコンビニがつぶれるのとおんなじくらいショックですよねーと返したら、「しかもつぶれた跡地にジムができたんですよ!」と怒り出したので、申し訳ないが笑ってしまった。べつに怒らなくてもいいやんけ。えっ、だって、マット席でごろ寝しながらキングダム読むのだけが楽しみだった男の行きつけが、サラダチキンブロッコリー野郎どものポジティブフィットネス空間に変わったんですよ、それって搾取じゃないですか? 搾取ではないと思う。

漫画喫茶とジム。真逆と言えば真逆のサービスだけど、どこか似ている。自分のための時間を自宅以外で過ごすために空間に課金するシステム。

漫画喫茶は今後きついだろう。ネットカフェという言い方もあるけれど、いまや、PCをたまにしか使わない人があえてPCを使う場としてネカフェに行くケースはだいぶ減ったはずだ。無料Wi-Fiを探し当ててスマホでなんとかできてしまう時代に、漫画喫茶に行く人の多くは、紙の漫画を読む空間に課金して自宅以外でごろごろしたいという欲望の持ち主。

ためしに検索すると、札幌圏内、20年前にくらべて郊外の漫画喫茶はほとんど絶滅状態だ。店舗の多くは札幌駅やすすきのなどに残っていて、これはおそらくホテル代わりということだろう。映画「天気の子」でも主人公は漫画喫茶でシャワーを浴びていた。





15年前くらいにはたまに漫画喫茶に通っていた。ゴリラーマンとかストッパー毒島とかBECKとかをよく読んだ。あだち充もカイジやアカギも鉄腕バーディも漫画喫茶だったと思う。ジャンプ以外のマンガはたいてい漫画喫茶で摂取していた。昨年だか一昨年だか、ゴールデンカムイの全話無料キャンペーンがスマホ向けに展開されていたとき、一昔前ならこのマンガも私はきっと漫画喫茶で読み通したんだろうなと思った。

漫画喫茶のどんぶり飯が好きだった。安くてうまいしなぜかコンビニよりも若干ジャンクみが少ないような気がした。ドリンクバーのマシンがちゃんと清掃されているのかうたがわしかったがコーンスープ的なものをよく飲んだ。今にして思うと、いつ行ってもぎりぎり汚くないくらいの空間というのは、逆に毎日きちんと手が入っている証拠で、平均的には信用できる。空間を意図的に放置したときの汚れ方はあんなものではないということを私はその後の人生でたまに学ぶことになった。

思えば感染症禍以降の私は漫画喫茶を訪れていない。行きつけだったサッポロファクトリー近くの自遊空間もつぶれてしまった。進撃の巨人を全巻読み返すにもキングダムを1巻から復習するにも藤田和日郎作品を全話ウルトラトレイルランニングするにも、すべてスマホで済ませてしまえる昨今、私が次に漫画喫茶に行くのはいつなのだろう思う。サンキュータツオさんが寄席の合間に漫画喫茶だかラブホだかで足を伸ばして寝たことがあるという話を聞いてから、たまに私は「マット席」のあの水分を過剰に跳ね返す感じのやわらかさを思い出すことがある。ゆるやかに窒息するような空間で感じるタイプの平穏、かつての私が確かに惑溺していた半個室の汚い心地よさをうっかり遠ざかった近頃の私は、ときおりスタバやコメダで「人並みにゆっくり」しようともがいては毎回失敗している。何をやっているのか。何を履き違えているのか。お前の帰るところはスタンド電球の下だ。

脳だけが旅をする

息子が一人旅の報告をLINEに載せていた。私も旅がしたくなった。

旅は不安の中に身を浸す行為だ。不安が解消した後の安寧によるカタルシスを目的とするのではなく、「不安の中にたゆたうことで自分の体の輪郭がかえってはっきりしてくる現象」を直接求める行為だ。いつか安心するために一時的に不安になりたい」のではなく、不安そのものを求める。それが旅だ。

しかし、今の私が旅をして得られる不安は、かつての私や今の息子が得ている不安とは異なる。

かつての不安は未知がもたらすものであった。

それに対して今の私が得るであろう不安は既知の苦痛との遭遇を予期することによるものだ。

両者はオーバーラップする部分もある。でも、似て非なるものだ。


私もかつて、たいした量ではないがいくつかの小さな旅をした。それはいわゆる「旅行」と呼べるようなものではなくて、たんなる「剣道部の遠征」だったり、「大学院の出張」だったりして、決して「エンタメ」ではなかったし、「サプライズ」でもなかった。それでもやはり旅だった。

なぜならばそれらはすべて未知の不安をまとっていたからだ。

私も旅をした。

今の私にはそういう旅はもうできない。失ったともいえるし飲み込んだともいえる。

かつて十分に旅をし、それらを心にしまい込んだ今の私は、段取りや手続きが主たる目的となった旅程を、既知に囲まれてただ黙々と歩む。

何日どこにいけばだいたいどういう気分になるかがわかる。

困りごとがあってもどう動けばどう解決できるかがわかる。

不安は減り、たくさんの安心の手段を手に入れた。

人はそれを旅慣れたという。

バカじゃないのか。旅に慣れたら旅はできない。



「世界は広いよ、知らないことがたくさんある」と言って、にやつく大人を信用しない。

そういう人間の語る「旅」は、語彙がおよそ630語くらいの単語で形成されている。小学生がならう英単語の数くらいだ。

知らないことがたくさんあるというわりに、毎回使う単語がいっしょ。

国語力の問題をどうこう言いたいわけではない。私だって別にそんなに言葉を使いこなしているとは思わない。

でも、結局のところ、彼らは旅に未知を求めていないのだ。だから既成の言葉でみずからの経験を言い表すことに疑問も恥ずかしさも持たない。

そんな人間のいう、「旅に出て知らない人と合うことで自分が広がるんですよ」みたいな言葉の空洞に涙を吸われて私はカラカラに乾いた。

「旅好き」を名乗る大人のほとんどは、既知の順列を入れ替えて「新しい世界」と言ってみせるペテン師だ。

「知らないことがたくさんあってそれを知りに行くのが楽しい」とはつまりスタンプラリーである。景品がもらえたらいいですねえとすなおに願う。

それが楽しいと思う人はそれが楽しいと思う人どうしでにやにやしていれば別にかまわない。しかし、「あなたも旅に出たらいいですよ」とは本当にどの口が言っているのかと不思議に思う。

私の旅をあなたは定義できない。



私は旅がしたくなった。不安の中に身を置くことを純粋に目的とした旅。誰かの既知を自分の未知に押印するような「手続き」から自由になれる旅。私は息子にあこがれ、かつての自分にあこがれる。既知の隙間に未知を探しにいく。風景の中にも会話の中にも美食の中にも自分の不安は落ちていない。ないものねだり。旅はむずかしい。旅は困難だ。本当の旅を再びできる日がくるだろうか。それは私が解決しない困難と不安の中に自分を置き続けるだけの胆力をもう一度取り戻すことを意味する。息子にあこがれ、かつての自分にあこがれる。今の私は未知にみずからをさらすことを極端に恐れている。旅はこわい。旅はくらい。私は旅がしたくなった。安心を差し出す人々から解き放たれるような旅。風景の中にも会話の中にも美食の中にも自分は落ちていない。不安の中に自分がいる。脳だけが旅をする。

ブログやめない理由

いよいよ次の本の原稿を書き始めた。ただ、「次に出る」本という意味ではない。私が「次にこれをやるぞ」と思っている本という意味である。たぶん原稿を書き終わるころには、別の本が2,3冊ほど出ているはずである。今のこれについてはゆっくり書く予定だ。どれくらいゆっくり書くかというと、1日に2000字くらいずつ、週に3~5日ほど書いて、月に20000字として、2ヶ月で3万字、半年で8万字、1年で15万字といったところだろう。私の平均的な仕事量で中央値をとってそれくらいの文字数で完成すると思う。計算が合わないのは書いている途中で前に戻って構成しなおしたりする展開を考慮している。

これまでは3週間で9万字書いて一冊の本にしてきた。今度のは、ペース配分も中に含まれる意図の量もかなり違う。すでに1年くらい、おおげさではなく本当に毎日次の本のことを考えて日々を暮らしてきた。正直に述べるとこのブログを書く際も必ず(100%)、次の本に書く可能性があるネタだろうかということを思い浮かべてから書いていた。だから今、瞬間的に、ブログをやめて本に集中するべきかと思った。しかし、ブログをやめて、かわりに毎日は本の原稿を書くというやり方がほんとうによいのか、それが私にとってよいことなのかが疑問である。これはこれ、あれはあれ、でよいのかもしれない。「あの話を書きたいけどブログに1800字くらい書いちゃったからもう書けないなあ」みたいなネタもあるからブログのせいでアイディアが枯渇していっているとは思う。しかし逆にいえば、手癖だけで1800字くらい書けてしまう内容を本にしてもしょうがない。そういう「小ネタ」や「大ネタだけどスピードでさっさとまとめてしまうネタ」はブログに放流していったほうがいい。



多くの人が指摘し続けていることだけれど、毎日何かを続けるというのは確かに力になる。惰性・慣性とは違う。世の道には摩擦があるので、等速で運動しようと思ったら加速度を加え続けなければいけない。力を込め続けなければ同じ速度で進み続けることはできない。黒板の中(理論的な環境)で等速直線運動といったらそれは静止していることと変わらないが、しかし、現実世界だと、等速直線運動をするためにはエネルギーを運動量に変え続ける必要がある。エンジンを常に回し続けるためには給油もしなければいけないしメンテもかけなければいけない。

ただ、じゃあ、毎日何かを続けていればそれが最高なのか、というところまで考えを進めたほうがいいだろう。毎日何かを続けていることが、端的に「甘え」になるという感覚がある。今、そういうことをちょっと考えている。

毎日何かを続けることは確かに大変だ。しかし「毎日何かを続けることに慣れた」時点でその運動はかつてほどエネルギーを使わなくてよくなってしまっている。たとえばこのブログだってそうだ。書くことに対する筋力がついたからたいした手間ではない。たいした手間ではないということはそこでさらなる筋力を付ける訓練にはなっていないということである。だったらブログを毎日2本ずつ書けばいいのか。そういうことでもないと思う。「こうやってこうすればこれくらいの時間でこうなる」というのがある程度読めた状態では、同じメソッドに沿ってプロダクトを2倍、3倍と作ったところで脳内におけるなにかの消費がそのまま2倍、3倍と増えていることにはならない。

そして私のような人間はすぐ、「俺も地味に10年これをやっているからさあ」とか、「この業界で20年暮らしているとわかるんだけど」みたいなしゃべりかたによっかかってしまう。ついさっきも、「すでに1年くらい、おおげさではなく本当に毎日次の本のことを考えて日々を暮らしてきた」みたいなことを平気で書いてしまっている。継続しておけば大丈夫なはずだという幻想にとらわれている。等速を維持するやり口がもたらす「漏出」があるのではないか。その漏れ出しは、毎日何かを続けることによる利得を相殺しているということはないか。



単純に続ければいいとは思わない。しかし、「もう十分筋力はついたから、この継続をやめにしてその分の労力をつぎ込もう」という発想もまたまずいのではないか。たとえば私は今、このブログを書き続けることにさほど労力をかけていないので、それをやめにしたところで大して「力が余る」わけではないので、ブログをやめても「継続がとだえた」というマイナスが引け目に転換するだけで、ほかにやりたいことに振り分けるパワーが特段増えるわけでもないだろう。すでに私の継続は、「続けていてよかった」の段階を超えて、「やめるにやめられないが続けていてもこれ以上うれしいことはない」というところにあるのかもしれないと思う。

それでもなお、「継続は力だ」と言いたがる人がたくさんいるというのはよくわかっている。卑下するほど悪い行動ではないというのもよくわかる。しかし、たかが続けているだけだ、という気持ちを完全に失ってしまうのはもったいない。ブログはブログだ。たいした手間ではない。それはこれからも続けていけばよい。やめても得はないし続けても損はない、くらいの気分でよい。そしてこれとは別の部分で何かを成し遂げていかないといけない。「ブログやってるからなんとかなるだろ」ほどつまらない話もない。何かの役に立つために何かを続けているなんてどうしてもおもしろいと思えない。もういい歳なのだ。ブログくらい平気で続けてよいしそれを人に誇ることでもない。黙って書き続ければいいのだ。

ヤクルト1000のせいでミルミルは売れなくなってるんじゃないか

デスクの一角にSNSのノリで購入したぬいぐるみなどを積んでいる空間があるのだが、書類やプレパラートを出し入れする棚とくらべて物を動かす頻度が少ないため、うっすらとほこりが積もっていく。たまに虫干しというか風に当てる必要がある。かつてドラえもんで本屋の店主が立ち読みをするのび太の横で「はたき」をパタパタやっているシーンをよく見た。あの「はたき」、なるほど、必要なものだったんだろうなというのが、今ならよくわかる。ただ、現代の本屋で客がいるときに「はたき」なんかかけたら、アレルギーを惹起してクレームの嵐となるだろう。でも私のデスクには「はたき」があってもいいかもしれない。クレームを入れる人間もいない。

「はたき」はなんというか、文中に埋没しやすいワードだと感じたので、今の一ブロックではすべてカギカッコで処理してみた。はたきは便利だ、みたいに地の文に潜り込ませるとスッとオーラを消す。明日の買い物リストにはたきをわすれずに入れておこう、みたいに目がすべって慌てて戻って読み返さないとうまく印象を残してくれない。はたきはにんじゃ。はたきはくろこ。必要のない平仮名構成に気が狂う。気管にほこりが入って咳が出る。はたきをかけるひつようがある。

はたきに漢字はないのかな? と思ってスペースキーを殴打するとすかさず「叩き」が出てくる。Google変換だけだろうか? いろいろ検索してみると、平仮名もしくはカタカナの運用が一般的なようだ。無理に漢字を探すと「はたき=たたき(叩き)」と、「はたき=ははき(羽掃き)」とが見つかる(後者は漢字というより語源)。そういえば、相撲の決まり手にも「はたきこみ」があるけれど、あれは叩いているというよりはスイープしているようにも見えるなあ。



病理診断をやっていて、あえてひらがなに開くワードというのはそんなにない。どちらかというと「あえて英語と併記する」という頻度のほうが多い。

「胃リンパ球浸潤癌 gastric carcinoma with lymphoid stroma (GCLS)」とか、「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫 angioimmunoblastic T-cell lymphoma (AITL)」のように、日常的に英文の略称を用いることが多いが診断書には間違いがないように注目をきちんと集めておきたい診断名などでは、漢字と英語のフルスペルと略称を併記する。これは誰から教わったことでもなくて、ただ私がそうしたくてやっている。

診断文書なんだからべつに英語だけでいいんじゃ、と言われることもある。しかしたとえばcholangiolocellular carcinoma (CoCC/CLC)という名称が用いられていたころは、英語だけ書くとcholangiolo-とcholangio-の違いを見落とされそうだなと感じたので、「細胆管細胞癌 cholangiolocellular carcinoma」のように日本語を付記することにしていた。

強いていうならば「みる」だろうか。腺頸部に印環細胞癌がみられます。表層にフィブリンの析出がみられます。腫瘍性病変はみられません。こういったときになぜか私は見るでも診るでもなく「みる」とひらがなに開いてしまうクセがある。これに関してはさほど強い理屈があってやっているわけではないのだけれど、なんでだろうな、アクセント? 息継ぎ? タンギング? のどの奥でひびかせる感じ? わかんないんだけど耳と目がそうしたほうがいいんじゃないのと語りかけてくるのでつい「みる」のように開いてしまう。病理医は単に資格情報を見ているのではなくて医学情報として診ているし、複雑に診るだけじゃなくて虚心坦懐に見てもいるから、さまざまな意味を包含した「みる」を用いているのですよと、学生にしたりがおで説明することはもちろん可能だ。でもそれは本心ではない。なんか、クセで、ひらいているだけなのである。なんでかなあ。

インターネットリ世代

「自分の思ったとおりに、随意に、しゃべりたい量だけ、しゃべることがあるかぎり、しゃべり通す」ということ。

近頃はほぼない。できない。

若い頃はやっていたかもしれない。そのときまわりにいた人たちは、きっとずいぶん我慢していただろう。というか我慢できなくて怒って私のもとから去っていった人もきっとたくさんいただろう。




学生から人気のない先生は、しばしば、学生のほうを見もせず、自分がしゃべると決めたことを、台本を読み切るかのように語る。

私も講義をするからわかる。これをやると、途中でついていけなくなった生徒から順番に睡眠に入る。着々と寝る。

そうやって学生が寝てもおかまいなしにしゃべるタイプの先生。私自身も習った経験がある。高校にもいたし大学にもいた。大学には特に多かった。

「ついてこられないやつが悪い。脱落組はほうっておいて、最後までついてこられるやつのためだけに私はこのまましゃべりきる!」

気持ちはわからなくはない。学生の甘えをいちいち許していられない、という事情もある。「そういうしゃべり方でも寝ない学生だけが、何かを学びとっていく」という成功体験もある。

しかしまあ上意下達を疑いもしない態度だなとも思う。

先生が一方的にしゃべることの賛否はいったん置く。朴訥に淡々と1時間半語り続ける日本史の先生のことだって、私は好きだった。


ただし「賛否」があるのはあくまで語り手が先生のときだけだ。

一般的な社会において、お互いが先生役でも生徒役でもないときに、あるいは、講談師役でも客役でもないときに、一方が延々と語り続けるというのは、それはもうなんか暴力と判断されるのではないかと思う。


相手の反応を見ながらしゃべる内容を変える。途中で切り上げる。ふと横道にそれる。それが社会の常識だ。一本道でアクセルベタ踏みみたいなトークはコミュニケーションにならないしシンプルに嫌われて避けられる。自分の脳内にあるものを全部出して相手がそれを全部受け取ればなにかの役に立つなんて意味のことを述べたら最後、必ず言われるだろう、「あまりに幼稚だ」と。

自分の言葉が相手に触れたところで起こる光電効果。言葉の接地面から飛び出してくるニュアンスの粒。私たちは無意識にそういうのをすくい取って解析している。「あっ、この話はいま響いてないな」と思ったらスッと打ち切るし、「いったんここでどう思ったか聞いてみようかな」と相手にバトンをわたしたりする。

こうして書くと難しいことのようだが私たちはみんな、多かれ少なかれ、やっている。

ちなみに、「しゃべりのうまい関西人」のテンプレとして、だらだらと一人語りを続ける人が息を継ぐタイミングで「オチは?」とツッコんだり、「ボケにボケを重ねない会話なんて二流」と言ったりするのも、コミュニケーションの現場でひとりで完結するような物言いをする人に圧をかける意味ではけっこう役に立つのかもしれない。



ところが社会の皮を被りながら社会じゃない場所というのもあるので困るのだ。

それはたとえば医療系の「学会」や「研究会」。

セッションの時間は決まっているのに、発表者は時間を守らず自分の台本に忠実にしゃべりたいことをしゃべり続け、座長は時計を見ながらやきもきし、フロアからベテランがだらだらと質問を繰り返す。

典型的なコミュニケーションエラーでフロアがパンパンにふくれている。大人がおおまじめに逸脱しているので参ってしまう。

「自分がしゃべりきること」しか考えていないヤカラに限って、しょっちゅうマイク前に立つので始末が悪い。ちなみに私もおそらくかつてそういうタイプだったので(今もか?)、これは自己嫌悪でもある。

学会や研究会に参加する大多数の人は、たったひとつのセッションのために魂を燃やしに来ているわけではなく、いくつものプログラムを見て回ることを楽しみにしている。勉強することはたくさんある。そんなとき、ひとつの会場の進行が遅くなってしまうと、議論を最後まで見ないで次のセッションに去っていかざるを得ない。

すなわち業界を閉塞させ新陳代謝を止める行為でもあるのだ。有害と言わざるを得ない。

「自分がこれからしゃべることを全て受け止めればお前たちの役に立つぞ」とばかりに、一方的に言葉を浴びせかけるタイプの学者は、学問を志す人々にとっては迷惑なのである。もう、ほんとに、自戒しつつ。




さあ、えーと、今日の結論だ。そういった、「しゃべり切ることしかできないタイプの迷惑な学者」だけを一同に集めて、「予定:1時間半、現実:16時間半」みたいな研究会をまたやりたい。

ここまで書いておいてまさか結論がこっちに触れるとは正直自分でも予想していなかった。

「また」というのは、昔はそういう会がけっこうあったということを意味する。

IBD、肝臓、胃腸、ひとつの会場に何百人も学問オタクを集めて、時間無制限でひとつの症例の議論をとことん深堀りしていくような会。あらゆる学者にとにかく「最後までしゃべらせる」のがルールだ。いい年をした大人が思いの丈を最後までしゃべり通すというレアな体験。社会では許されないが研究会なら許されるという時代が確かにあった。ディスコミュニケーションとハラスメントのるつぼである。当然、会場でそれを黙って聞いていたほかの学者たちも、「そんなわけないだろう、俺にも最初から最後までしゃべらせろ!」とばかりに次々と論戦を挑むから、タイムスケジュールはめちゃくちゃになる。あらゆる人が「最後までしゃべり切る」とどうなる? 結論なんて出ない。火だけが付くのだ。しかしその熱量が何年経っても次の学問の駆動エネルギーになっていたりもする。パシフィコ横浜の大ホールを夜通し貸し切った会では、飯屋がぜんぶ閉まるから各自おにぎりを持ち込んで、夜中に各自それを食べながら議論を行ったという(会場飲食禁止では……?)。

ひどい話だよね。もう絶対にやりたくないじゃん。

でも私たちは十分いま、社会人をやっていて、普段はきちんとわきまえているよ。

たまにコミュニケーションを度外視した、学問だけのための会で、「しゃべり切る」をやったって、バチは当たらないと思うんだよね。

だからやるんだ。でもネットには載せない。物見遊山のやからはいらないから。脳内に広がる学問的風景をカスになるまで絞りきって夜通しバトルできるタイプの人は、告知なんかしなくても、勝手に聞きつけて集まってくる。なにせ私たちはちゃんと社会的なコミュニケーションだってやっているんだから。こういうときのために、うわっつらのつながりじゃない、ねっとりしたつながりを相互に結んでいるのだから。これぞまさにインターネットリ(言わなくていいことまで言ってしまう)。

アップアップデート

マンガ『宙に参る』の中には判断摩擦限界という概念がある。作中に出てくる高性能なロボット「リンジン」は、記憶が増えるごとに判断の根拠も増え、人間とフレキシブルなコミュニケーションをとることができる。しかし時間とともに蓄積する情報が膨大になりすぎることで、いつしか応答速度が基準値を下回ってしまい、「判断摩擦限界」としていわゆる寿命を迎える。

これに類する言葉が、ほかのSFで語られたことがあるのかどうか、私は知らない。秀逸なアイディアだ。『宙に参る』4巻特装版に寄せた推薦文にも書いたが、私はこのマンガを支える論理の大黒柱が「判断摩擦限界」だと感じている。(あえてもうひとつ上げるとしたら「秘匿」だろう。)

「判断摩擦限界」のすごいところは、「確かにそういうことはあるだろうな」と私たちが容易に想像できるところだ。SFにもいくつかの種類があり、何度世界が回ってもこの状態にはたどり着かないだろうという完全な別時空の話をしているものもあるが、『宙に参る』の場合、「あるいは我々がこの先発展を続けていくと低確率でこうなるのではないか」という達成可能性を感じる部分がたしかにある。あそこはここと地続きだなと感じさせる。「判断摩擦限界」というのは、私たちの今生きる世界とマンガをつなぐ、頑健な架け橋だ。だって、すでに私たちのまわりにも判断摩擦限界と呼ぶべき現象は頻発している。それによって私も、おそらくみなさんも、これまで付き合ってきた多くのスマホやPCを廃棄してきた。


企業の論理:ユーザーにひとつの家電製品をいつまでも大事に使われていては新品が売れないので儲からない。かつて「ソニータイマー」という下品な言葉もあった。しかしべつにソニーだけではなくマイクロソフトもアップルも、製品を数年くらい使っているとだんだんと機能が劣化していって、最後には我々の我慢の閾値を超える。原因の多くは「アップデート」で、自動でプログラムが追加・修正されていくことで発売時のPCスペックでは演算がうまく回らなくなる。これなんてまさに「判断摩擦限界」そのものであろう。

かつて私が病理AIの開発をしていたとき、「機械学習を商品リリース時点で終了させるのではなく、日常の診断の中でも継続的に学習を続けさせたら、どんどん強いAIになるのではないか」と思っていた。しかし実際に開発してみるとその誤りに気付いた。参照する情報が増えすぎるとAIは間違いなく使いづらくなる。どこかで「今のままのお前で十分役に立つからもう新しいことは学ばなくていいよ」とやらないと、利便性がかえって落ちてしまう。道具はアップデートをしすぎないほうがいいのだ。


そして私は最近しみじみ思う。やはり人間の脳にも判断摩擦限界と似た現象は起こっている。

私の場合、何かを見て瞬間的に反応できたのは大学生ころがピークで、年を経るごとに、外界から入ってきた情報を処理する際に「あのこともこのことも思い出すなあ」と懐古モードに突入してしまい、その場で判断を返すのが遅れている。

私たちの脳には、参照する情報を増やしすぎないために忘却というシステムがある。しかしそれほど系統だった仕組みではなく、覚えていたくないことばかり覚えているし大事なことに限ってどんどん忘れてしまう。おまけに、「忘れかけていること」を参照するために記憶のリロードに時間をかけてしまったりもする。正直、ぜんぜん役に立っていない。


ラジオ「東京ポッド許可局」で、おじさんたちは仕事から帰ってきたあとに家にすぐに入らずに車の中で充電をしていることがある、というたぐいの話(おじさん生体報告)が語られるコーナーがある。ここでは、おじさんやおじいさんたちはたまに「何をするでもなく」居間から台所の窓の奥をずっと眺めている、と言及される。私もご多分にもれず、「とくになにもせずぼうっと、何処か一点に視線をあわせたままフリーズ」するタイプの人間になっている。これはやっぱり判断における摩擦そのものであると思う。記憶の海の中でゆらゆらとおぼれる私はこの先何を秘匿したまま限界を迎えることになるのだろう。

けっこう強い我欲のこと

いすに体をあずけてぐっ! と背中を反らせると、本棚の天板のうらに昔貼り付けた「くら寿司」のマグネットたち(ウタとかジンベエとか)が目に入った。くら寿司(回転寿司)では、食べた皿をテーブルの上の穴に放り込むと自動的にカウントされ、5枚集まると1回ガチャが引けるみたいなシステムがあって、鬼滅とかコナンとかワンピースとかとしょっちゅうコラボしている。このガチャがたまに当たると席のそばのガチャポンから景品が出てくる。別に要らないのだがつい持って帰ってきてしまう。マグネット、ラバーキーホルダー。特にしまっておきたいとも思わないけど捨てるのもしのびないから、あまり人目のつかないところにぽちぽち貼り付けてある。すると後日こうして何かの表紙に目に入り、ああ私は世界のノイズを複雑化させる方向に貢献するタイプのモブであるなあと実感し反省もする。



本を読んで感想を書いてくれる、あるいは感想を書くでもなくただ「〇〇(書名)読んだ、おもしろかった」みたいにつぶやいてくれるアカウントをフォローしている。自分も読んだはずなのだがあらすじを覚えていないような本を、そういう人がじっくりと読んで細やかに反響させているとき、あこがれるし、とても感謝する。あるいは、ある本について読了報告以外特に何も語らなかったけれども、その後の数日とか数週間にわたってなんとなく本の情動に影響されたかのようにふるまう人というのもいる。そういう人たちをみるとじんわりと心が喜び、ちょっとうきうきとする。

「成瀬は天下を取りにいく」を読んでからしばらくの間、口調と姿勢がまっすぐになった人を見ているというのが、ほのぼのうれしい。人生の幸せである。



一方の私である。なんとなく最近の読書は「ガチャを引いて出てきた景品を一瞥してあとは本棚の天板の裏に貼り付けて忘れてしまう感じ」に近いと思う。読み捨てている、あるいは、一瞬だけ触れ合って通り過ぎている。それがとりわけ「悪いこと」とは思わないし、「もったいない」とも感じないのだが、「でも別様になれるものならなってみたい」というふんわりとした欲を自覚する。

自分が普段あまり使い慣れていない言葉を本の中に見つけてかっこいいと感じ、その言葉を自然に使うにはどういう文章を書いたらいいのかと考えて、まるで「たった一つの宝石を輝かせるために美術館自体を建築する」みたいなやりかたで書いたブログ記事、というのを昔はよくこさえていた。

今はあまりやっていない。けれどもそこまで言葉に感化される暮らしのほうがきっと楽しいだろうと思う。

「オタクは哲学用語が大好きだからすぐ止揚とか差延とか言う」みたいな話でもあるから気をつけておいたほうがいいけれど。

凝り固まった自分の表面で跳ね返っていく外界の刺激が、内側の芯の部分にあるなにかを一切揺らすことがない日々というのは、味気ない。

もっとも、私の本質が内側にひそんでいるとも私自身はあまり思っていない。何かをしっかりと守っている外骨格にこそ私の多くが散りばめられているような気もする。中に響けばいいというものでもないのだ。たとえば、『ダンジョン飯』に出てきた「動く鎧」、あれこそが、思考や人格のこれ以上ない比喩ではなかろうか。

つまりは何かしらの言葉が外からやってきたときに、それをまともに受け止めたり、つるりと受け流したりする自分の最表面のテクスチャ、それが自分というものであり、さらにはそこについた汚れ、垢、傷、そういったものに気配りをすることが自分の本質であるように思うのである。そういった一連の「表面行動」を近ごろの私はすこしおざなりにしている。もう少し、降り掛かってくる火の粉によって寝癖の部分がチリチリと燃えて騒ぐ、くらいの暮らしに戻ってもいいのかもしれない。

読み返してみると今日の一連の話は「速読ではなく精読をしろ」という表明にも見える。でも、そういうことともちょっと違うのだ。読書自体はべつに自由でいい、そして、「読書の後の時間」も好き勝手にしていればいい、けれどもそこにあとちょっとだけ手を加えることで、私はもう少しだけ私自身が好きな私になれるのではないかという、これはつまり、我欲の話である。

考えすぎだよと言われているうちが花かもしれないよ

「このような症例は大学でも見ることがないんですよ」と専攻医が言った。それはむしろ「大学だからこそ見ない」のだろうと思ったが、まあ、特に指摘はしないでおいた。

私たちはいつも不完全であり、伝達・コミュニケーションの手段である言葉になにかをすべて含ませることはできないし、意図なんてものは張り巡らされるにしても穴だらけ・隙だらけであって、不如意と無意識が真実を映し出すなんてこともないし、要は、あまり深く勘ぐってもてんで的外れ、なんてこともいっぱいあるのである。全部に意味なんてないのだ。


相手がそれほど日本語の細かいニュアンスに気を配らずに発言している瞬間に、敏感であったほうがいい。

単なる唇の閉じ開きのクセ。舌のまわり方のクセ。

私たちはそこまで言葉を大事にして暮らしているわけではないということ。

「そこまで深い意味はない」という、かなりありふれた展開に、慣れておいたほうがいいということ。




先日、ポッドキャスト「感情言語化研究所」において、作詞家・シンガーソングライターの畑亜貴さんが、リスナーからの投稿の「言葉は常にずれ、コミュニケーションはいつも失敗すると思ったほうがよいだろうか」というお悩み(?)に対して、

「そこで音楽ですよ」

と発言したのでぶっとんでしまった。

なるほど。

エクリチュールとパロールみたいな方向のことばかり考えていたけれど、言葉がすれ違うところで何かを伝えたり含んだりできるのは音楽なのか。これはちょっと殴られたというか私にその発想はなかった。しかし納得してしまう。

「そこで芸術ですよ」とまで換言できるか? とちょっと考えたけれど、芸術と音楽とは必ずしもベン図ががっちり重なるものではない気もする。絶対音感やピアノ演奏術などがなくても、あらゆる人に「楽しむ程度であれば」手の届く距離にあるのが音楽だ。解釈する知識がなくてもなにか情景だけが伝わってくるということがありうるのが音楽だ。

音楽を用いて言葉を超えるほどの何かを伝えるというのは、私にはとうていできそうにないのだけれど、しかし、音楽的なものごとを介してなぜか伝わってしまう経験はこれまでにも確かに何度かあった。



あるいは駅舎のにおいを嗅いだときに四十年前の母の故郷の風景を思い出すときのことなどを断絶した連想の先に思う。



言葉は後景にさがり、しかし何かが伝わってくるときの感覚。言葉尻にあれこれ目くじらを立てるようなことをせずとも、五感がどこかからか引き出してくる印象に向き合っていればそれで人間なんてのは十分やりとりができるのではなかろうかと、ちょっと希望的すぎる観測をしてみたりする。「私たちの思考は言葉によってなされている」といくら理論的に話されたところで、「は? 私の国語力はこんなに複雑な思考ができるほど鋭くないのだが笑」とニヒルに謙遜してみたくなることもあったりする。

没頭bot

生活するというのはどういうことかと考える。要点以外をどんどん削ぎ落としていくと、「なにかひとつに没頭することなく八方美人であること」がそれなりに根っこにあるのではないかと思う。

ばんめしのもんだいを考え、ゴミのことを思い、掃除洗濯の塩梅を気にして、見たいコンテンツをどこにどう差し込んでいくかたくらむ。週末に時間をとってどこかにでかけるためには平日のうちに雑務を片付けておかなければならない。睡眠は確保しなければいけないが一日二日くらいなら乱してもあとで取り返せるかもしれない。

ある一瞬、一時間、一日は、ほかを忘れて没頭するということもある。でも、生活を続けていくならば結局いつかは「雑多の中」に戻ることになる。

人はよく、簡単に、複数の案件の中から優先順位をつけなさいとか、趣味を仕事にしてはいけませんとか、ときめかないものを捨てなさいなどと言うのだけれど、実際には、どれが生活の本質なのかは正直よくわからないままに、やってくるものに各個対処して結局どれもこれもちょっとずつ試食しているうちに腹が膨れているような、デパ地下方式でビュッフェを味わうようなことになっている。

すなわち生活というのは本質的に没頭と相性が悪いのだ。



そして仕事というのも、たいていの場合、「没頭できる時間はないか、あっても特殊」なのではないかと感じる。八方美人的に気配りをしながらなんとなくやり過ごしていくことは生活だけではなく仕事にもあてはまるのではなかろうか。

雑務とか虚務とかいわれるたくさんのあれこれの中に、飛び石のように「これこそが仕事だ」と思えるものが混じっている。「ああ、この一番大事な、最も職能を発揮できる、ブルシットじゃないジョブにだけ没頭してみたいものだ」などと口にして、実際にそのように振る舞ってみるのだが、そう簡単にはいかない。

私の場合は、「顕微鏡を見る」ということ。これだけに没頭できたらどれだけ楽しいか、楽か、働きがいがあるか、と思う。

しかし違うのだ。それは生活でずっと飯を食い続けていたいとかずっとおふとんにくるまっていたいというのと似ているのだ。数時間とか数日とかならぎりぎりいけるけれど、生活のホメオスタシスを保っていこうと思ったらほかにも気配りしないと、いろいろな部分にヒビが入り、継続がままならない。

丁寧な暮らしという言葉があるが丁寧な勤務という言葉はいまいちウケない。けれど私くらいの年代の人間に求められているのは何かひとつの職能を用いて単一タスクに没頭することではおそらく絶対になくて、丁寧に八方に気配りを続けることなのだと感じる。

私=病理医の勤務の本質は、「顕微鏡を見たり書類を書いたり電話を受けたり突然やってくる研修医の話を聞いたり外注の伝票を書いたり害虫の検鏡をしたり、とにかくこの場で長く過ごして八方美人でいること」なのであって、専門学校の講義もするし研究会の準備もする、主任部長会議にも出るし検査室のISO認証の手伝いもする。決して、「ただ顕微鏡を見て診断を書くこと」ではない。

「顕微鏡だけで手一杯なのです。私は仕事が遅いので。顕微鏡を見るだけで十分貢献できるのですから他の仕事はどうか免除してください」みたいな振る舞いをしようとすればできるだろう。しかしそれはたぶん「働いたことにならない」のだと思う。

臨床・研究・教育と切り分けてどれかだけに邁進するタイプの病理医はたくさんいる。しかし、こと、私に関してだけいえば、「全部それなりに中途半端に手を出す人間」としての価値をそこそこたのみにされているフシがある。

「今の時間なんて市原はたぶん診断してるだろうけどひとまず顔のぞきに行ってどうしてもだめそうじゃなければ次の学会の写真撮影の相談をしてみよう」「そうしましょう」と、他科の指導医と専攻医がニヤニヤしながら病理検査室にやってきて、私に声をかけ、そこで私が2秒とおかずに手をとめて「どうしました」と言うからこそ成り立つ関係というのがある。こういうことを近頃はほんとうによく考える。


年を取ったのだとは思う。

星四点台のよくつぶれるお店

学生や若い医師たちが飲食店を教えてくれる。「こないだ私も行ったんですが、とてもいい店でしたよ」。ありがたい。実際に行ってみるとたしかにとてもいいお店なのだ。

何度か似たような会話を経験し、あるときふとたずねた。「お店詳しいですね、やっぱりこういうのってインスタとかで仕入れてるんですか?」すると、違うとの返事。ネットの口コミはノイズが多すぎてよくわからないので、とにかく友人・知人から聞きまくり、自分の信頼できる人が訪れてよかったと熱弁している店に自分でも行ってみて、その上ではじめて人に紹介できるという。

なんとかログとかなんとかナビとかなんとペッパーとかなんちゃらマップみたいなものの星の数やコメントはさほどあてにしていないし、インフルエンサーが紹介した店も「客層が濁る」から避けると言っていた。徹底している。てっきりインスタやBe realあたりで人気の店に押しかけているのかと思っていた。まあそういうこともあるのだろうが、必ずしも映えを目的としていない私のような人間に店を紹介するときには、そういったSNS的ソースはあまり使わないほうがいいと、経験的にご存知らしい。



誰もが発信できて受信できる時代になったからこそ、「背景の文脈が見えない人」を切り落とし、ともすれば過剰になりがちな情報の入力先を絞って、顔の見える間柄の関係に集束させる。便利が一周回ってもとに戻ったような印象、違うルートを介しても結局収斂進化してしまうような印象を受ける。

まあでもそういうことなのかもしれないと思う。



出勤で通ろうと思えば通れるような場所に、短期間で二度も店名が変わった店がある。店名というか業種自体も微妙にかわっており、二つ前はラーメン屋、ひとつ前は定食屋で今は居酒屋になっている。たぶん今度もつぶれるだろうと思ってたまにチェックしている。

かつて、実家のそばにも、次々看板のデザインが変わる場所があった。通称、「つぶれがちな区画」。若い頃はそういう店をみるとヤクザの地上げが激しいのかななどと無責任に想像していたが、どうも今回見つけた場所に関しては、同じ人が店にプチ失敗するたびに業種を微妙にずらして何度も再チャレンジしているような印象を受ける。店名が変わっても基本的に外装が一切替わっていないし(居抜きにしても変わらなすぎだ)、なによりあの微妙に周囲から浮いている看板のデザインセンスが毎回一緒なのである。ひとたび閑古鳥のイメージがついてしまうと、やり方を変えてもなかなかお客はやってこないだろうなあと、余計な心配などしながら試しにネットで店名を検索してみた。すると口コミが思ったよりずっといいので驚いてしまった。通りすがるたびに店内をちらと覗き込んでもほとんど客がいるのを見たことはないのに、口コミには複数の人が短期間に「ぜひまた訪れたい」などと書いていて、まるで行列の絶えない人気店の様相である。そういうコンサルタントはいるのだろう。しかし看板のデザインに口出ししてくれるコンサルタントではないのだと思う。たぶん現実に存在する「体」には興味がなく、ネットに流す「情報」だけを整えることに必死な人が助力しているタイプの店なのだ。くだんの学生さんによると、ちかごろネットで高評価とされる店の8割くらいは写真以上にいいものを出してくることは絶対にないのだと力説していた。

情報と実体とが分離した世の中で、学生さんたちはもちろん実体のほうに重きを置く。私だってそのへんの皆さんとおなじように「情報に踊らされてはだめだ、リアルな体験を!」と連呼する側の人間である。ところがこれまでの私を知る人たちは口々に、「お前は『嘘にまみれた自己解放』のタイプだから実体なんてほっぽらかして食べログのウソ情報だけ集めて喜んでいてほしい」と私に懇願してくるのである。情報ってお腹いっぱいになるからいいよな。

人に吹き流されやすいタイプなんで

5月も終わろうという候だがしのつく雨が肌に冷たくまだまだ夏の気配が遠い。職場に隣接する線路の脇には新幹線延線に伴う施設建設のため工事現場ができていて、組まれた足場の上に緑と白で塗り分けられた吹き流しがはためいていた。

あの吹き流しひとつで助かった命がかつてあったということなのだろうか。風にひらひらする布なんてのは置き方を間違えるとかえって作業のジャマになるはずなのに、誰もが目につく場所で風向と風力を伝えている。突風が手元までやってくる直前に吹き流しがふっと持ち上がるのを見て足腰に力を入れた作業員がいたのかもしれない。吹き流しは風そのものでもないしアラームでもないが、吹き流しの動きを見ることで環境から自分に必要な情報を抽出することができる。

そういう吹き流しみたいな所見を、細胞をみるときにも延々と探している。

たとえば核塵(かくじん)というのは、人体における吹き流しみたいな意味を持つように思う。この場合、風にあたるのは「好中球性の急性炎症」だ。ここからはいかにもめんどうくさい話だと思われるだろうが、想像通りめんどうくさい話をちょっと読んでほしい。

血管の中などを流れている白血球は人体の警備員だ。この白血球の中にとりわけ喧嘩っ早い好中球という細胞集団がいる。好中球は、人体の中になにか一大事が起こったとき、たとえばバイキンが入ってきたとか細胞が予想外に死んだとかいうとき、ワッと集まってきて急性炎症の担い手となる。

この好中球はかわいそうなことに、現場に出動するとなんと2日で死んでしまう。事件が起こって3日目には好中球の出撃はよくわからなくなるのだ。

この性質を診断に利用することができる。

私たち病理医が顕微鏡を見て、血管の外に好中球が見られるとき、2つの可能性がある。ひとつはその変化が起こってまだ2日以内だということ。もうひとつは「毎日のように新たな敵がやってきており、その都度あたらしく好中球が出撃している」ということになるだろう。

シンプルな理屈だが、病気がいつから悪さをしているかを見るのには便利なのである。そして、このような診断過程で、好中球「それ自体」を見るだけではなく、吹き流し的に、好中球がそこを通り過ぎた証拠的なものを見る方法がある。それが核塵(かくじん)なのだ。

出撃した好中球が2日で死ぬとき、核が断片化して崩壊して、しばらくその場に残骸として残るのである。警備員が殉職したあと現場に警棒と警備会社の帽子が残されている、みたいな悲しい末路だ。しかしこれは、「細胞をとった瞬間の情報しか見られない病理医」にとっては、貴重な時間情報を得るための重要なヒントになりうる。

たとえばその場に現役の好中球と核塵が同時に存在したら? この2日間であいかわらず新規の好中球の出動を要請するような事件が起こっており、かつ、それよりも前から好中球が何度も出撃してこの現場で討ち果たされたということを意味する。となれば、この炎症は2日やそこらではなく、もう少し長いスパンでボンボン燃えているのだな、ということが一目瞭然だろう。

患者は具合が悪くなって病院に来るまでに数日過ごしていることが多いが、ときには急に具合が悪くなって急に受診することもある。この、患者の症状が出るタイミングと、実際に体の中でいつ病気が悪さをしはじめたタイミング、両者のあいだにはズレがある場合がある。昨日具合悪くなったんですと患者が言ったとして、細胞を見たら「じつは2週間くらいこの病気はくすぶっていました」というのを見極めることができれば、なるほど「2週間はくすぶるタイプの病気」なのだなということがわかり、犯人探しがはかどる。


このような、細胞そのものをズバリ見る以外の、吹き流しをチェックするような気分で確認する所見には、核塵のほかに、浮腫、フィブリンの析出、血管内皮の腫大、上皮のつくる構築の幼若化、上皮のつくる構築の過形成、構造の密度の粗密さなどが含まれる。下手人ではなく岡っ引きでもなく雪駄の痕を探すような、フォワードでもなくキーパーでもなく揺れるゴールネットを見るような、風そのものではなく吹き流しを見るような気持ちで細胞をみるというのは、病理医の1年目に教わる内容でありながら検査人生の生涯にわたって利用価値の高い大事なメソッドなのである。


寝違えたりするともう大変なわけよ

肩が痛んだ次の日には反対側の腰が痛む。きっとかばったからだろう。神経が上顎と下顎にセットで分布するから、右上の歯のまわりで知覚過敏を起こすと下の歯までしみるように感じる。こうして、ありとあらゆる体調不良にこうして理屈を与えて、「ほら、科学的にこうだから、痛いのは当たり前なんだよ」と、自分の神経を諭す。「だからもう別にアラーム鳴らさなくていいよ」と噛んで含めるように伝える。そうやっていると神経がしぶしぶ「じゃあもう痛みで危険を教えないよ、でも、それでいざというとき大丈夫?」みたいに確認をするので、「大丈夫大丈夫! もしこれで何かあったら俺の責任だから、そっちはもう鳴らさなくて大丈夫!」とへそをまげない程度に強い口調で言いくるめる。これを何度か繰り返しているうち、ある日、肩も腰も、歯の痛みまでもすっとおさまっている。こうして私はまた平穏な日常を取り戻す。


「気の所為」という言葉が軽く扱われすぎなのだと思う。驚いたときにドキドキする(心拍数が上がる)くらいなのだから、気持ちによって体のあちこちがさまざまに反応するのは当然のことで、だからこそ「気の持ちよう」はとても大事だ。気持ち・メンタルにも、肩の痛みから腰痛を発症するようなところがあって、あそこをかばうために変な考え方をしてかえって別の部分で痛みを感じるみたいなことが起こり得る。調子がいいときはどこにも何も感じないが、ひとつ懸念点があるとそこに意識が集中して、別の場所がおろそかになってそっちに負荷がかかってしまう。人体を安全に保つための痛みアラームシステムと、メンタルという複雑系のありようはどこか相似だ。もちろんほかの複雑系にもざっくりとあてはめることができる話だ。


今この記事を書いているのはある平日の朝。あと何分かしたら私はパソコンを閉じて駅に向かって歩き、そこから出張に出る。別にそこまでして書くべき文章ではない。しかし、この数分で私はブログを書く。こういう数分で私はいつもブログを書く。これはもう、毎日書くことで自分が成長できるとかいうレベルの話ではなくて、「ブログを書くのをさぼった」ということを気にするあまり別の部位へのケアがおろそかになってそのうち痛みだすという現象を、私がこれまでに経験したことがあるからこそあらかじめ予防的に行う「ストレッチ」みたいなものだ。ブログを書かないでいる痛みを抱えたままだと私の体幹が歪み、腰である病理診断の部分が歪んでへんな音を立てる。これはうそみたいな、とってつけたような話だが本当のことなのである。

お風呂に浮いていたひよこさんが消えたんですね~

夕方のテレビ番組を見ていると、ミニクイズみたいなコーナーで、「間違い探し」的な画像が数十秒表示されることがある。左右に似たような図があってそれを見比べて、やれボタンの数が違うとか、猫のヒゲの数が違うとかいうのを3箇所くらい見つけるというおなじみのやつ。あれは、まあ、得意というほどではないが、できる。スタジオのタレントたちができたできないと騒いでいるとき、私も一緒になって、できたできないと騒いでいる。

一方で、似たような企画ではあるのだが、私がまるっきり苦手な、一度も正解したことがないやつがある。モーフィングクイズだ。画像のどこかが20秒くらいかけて少しずつ変化していく。最後はカンカンカン! という音と共に画像が暗点して、さあどこが変わったでしょう、というのを当てる。いつのまにか後ろにお花畑が出現していたり、建物がひとつまるごと消えていたりと、それなりにしっかりと変化するのだけれど、私はこれが本当に苦手で、一度も正解できたことがない。

文章で説明するのがむずかしいのでYouTubeを探してきた。


この動画は子供向けらしくさすがに簡単だ。変化途中で描線が二重になっているので、画面内をよく見ればすぐに違和感に気づける。しかし、夕方のテレビ番組のやつはそれほど簡単ではなく、「描線が二重になっていないパターン」で、そうなるともうまるでわからない。

「さぁ~今日もonちゃんクイズ。どこがが変わりますよぉ~。よく見てくださいねぇ~」。

見るのが仕事の病理医の沽券にかけて見る。まるでわからない。医師免許返納事案である。




仕事で顕微鏡をみる上で、モーフィングクイズの才能は必要ない。プレパラート上でいつのまにか細胞が消失したり変成したりすることがなくてよかったと思う。

ただし、患者から採取された細胞像から「あったものがなくなったり、なかったはずの場所になにかが出現したり」という異常を、ここ数日とか数週間とか数年のうちにこれこれこういう変化があったのだろうなと想像をふくらませることは、病理医の仕事の中にも存在する。何かがモーフィングした結果を見ているのだろう、という診断の仕方。

なにかがなくなったことを示すためには「痕跡」を解析する。本来細胞がなにかの構造を作っているはずの部分にそれがないということは、

(1)構造の密度が落ちている

(2)消失に伴う残骸的なものがそこにある

(3)まわりに異様な細胞が増えている

などのいずれかの所見によって示される。


(1)は、たとえばこんなかんじだ。

 A  A  A  A  A     A  A  A

このように等間隔に何かが並んでいるときにそこにポカンとスペースがあるだけで我々は、「あれ? なくなった?」と気づくことができる。説明するまでもないくらい簡単な脳の補正だが、これによって、潰瘍性大腸炎などの慢性炎症性疾患によって陰窩密度が低下した、みたいなことをただちに指摘することができる。

(2)だとこうなる。

 A  . ..  A

「A」が消失するときに破壊を伴っているときには、たとえば核片とよばれるものだったり、ヘモジデリンだったり、マクロファージなる「お掃除細胞」だったりがそこに出現する。さっきと比べてそもそも観察できる「A」の数が少ないのだが、残骸があればそれだけで「ああ、何かが壊れたんだな」とわかる。古くなった家が壊されたあと、柱や床などの断片が残っていればそこが家だったと誰もが察することができるのといっしょだ。

(3)はこうだ。

A A A A BBBBBB A A A A

こ、このBが何かをしやがった! という雰囲気がびんびんに感じ取れることがあるのである。いわゆる「悪性の細胞」というのはこういうことをする。



細胞を目で見て「あっおかしい」となるとき、じつは理屈的なものはあんまり働かせてなくて、「俺がおかしいと思ったからおかしいんだ」という感情が先行するかんじで異常を発見することはわりとよくある。でもそれだけだと、(3)→(2)→(1)の順番に発見が難しくなる。「異常な細胞がいる」にはピンときやすい。しかし、「あるべきものがただない」は難しいのだ。

そこで、「細胞に何かがあったらこうなるはずだ」という理屈をある程度インストールして、直観からトップダウンで診断するだけではなく、理屈からボトムアップで診断するようなふるまいをかけあわせておいたほうが、細胞の挙動をより細やかに指摘しやすい。病理医としての初級者から中級者になる上で必要な技術のひとつが、「あるべきものがない」を見落とさないためのものであり、そこでは経験というよりも理論武装が役に立つ。





しかし夕方のテレビのモーフィングクイズは理屈が一切通用しないのだ。なんでonちゃんの帽子のロゴが痕跡も残さずにうっすら消えるんだよ!

カツオへの伝言

カツオが外で何やら読んでいる。となりに気難しそうな初老の男性が立っている。カツオは「ハハハ この小咄おもしろいや」と楽しそうに話す。

 男「アタシ最近 膝が痛いんですがね」

 医者「それは年のせいでぇ」

 男「そいつはおかしいや 左の膝も同い年なのに」

カツオ「だってさハハハ」

初老の男性「よく考えたらもっともな話だ。どこがおかしいんだ?」

カツオ「だってェ……」

初老の男性「(カツオの答えを黙って待っている)」

カツオ「弱るなァ……」



手元に該当する4コマがないのでうろ覚えを書き起こしただけだが、だいたいこんな感じのマンガであった。40年くらい前に読んだのに今も覚えているというあたり、さすが長谷川町子というべきだろう。

「よく考えたらもっともな話」というのをよく考えてはいけない。なあなあにすべきなのである。それが教訓だ。うそだけど。



さて最近左の肩が痛い。肩というか首の付け根から腕までずっとだ。五十肩かもしれないと思ったが、四十肩を一度やっていて、あのときと痛みが違うので今回のは別物ではないかと思っている。頸椎症が悪化したのかとも疑ったが、たしかに姿勢・首の角度によって痛みの強さが変わるのだけれど、しびれはたいしたことなくてもっぱら痛いのだ。やはり筋膜とか腱の痛みだろうと思う。

そこで思い出したのがくだんの4コマだった。「そいつはおかしいや 右の肩だって同い年なのに」と、カツオが小咄を音読する声が耳に響く。しかしカツオよ、そういうものでもないのだ、なぜならな、人間というのは、わりと傾いて日々働いているからなのだ。

私のデスクには二台のパソコンと一台の顕微鏡があるのだが、このうち、私物のノートPCには外付けのモニタをつないで画面を拡張している。ノート本体のキーボードを使わず、外付けのワイヤレスキーボードを使ってキータッチをしているので、ノート本体とも液晶モニタとも少し離れて座って両方のモニタを交互に見ながら仕事をするのである。つい先日まで、私の右側にある大きい液晶のほうにテキストファイルとPDFを表示させ、正面のノート液晶に図表のパワポを表示させて、ちょっとだけ体を右にねじりながら論文を書く作業が続いた。本当は画面にきちんと正対してキータッチすべきだったのだろうが、幾度となく右・左・右・左と目線を移す間になんとなく「右ねじり」で働く時間が増えていた。

そして痛みはまるっきり、私が右をくいと向いたときに増強するのだからこれはもういいわけができないのである。ちゃんとした姿勢で働いていなかったから痛みに左右差が出る。

くりかえすがカツオよ、同い年であっても、それまでに何をやってきたかによって受けた傷の数は違うのだ。他人と自分の話をしているんじゃない。左右の膝やら左右の肩やらが同期入社だと過程しても、46年も経てば地位も過程も趣味嗜好も変わろうというものだ。いいか、初老の男性、こんなこと、どこの大人だって多かれ少なかれわかってることなのに、小咄の男はそこをカラッとおかしそうにしゃべる、それが楽しいんだぞ。内容がもっともだから笑えない、なんて了見が狭いことを言うんじゃないよ。


肩が痛いだけのことからどうでもいいブログを1本書いてしまった。こうしてキータッチしている間も左腕全体がびんびんに痛い。アホかと思う。安静にしろ。